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category翼の刻印編 第3章

4・名付け親

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「ああ・・・これは酷い」
 焼け落ちた街の境界線に足を踏み入れると、そこには目を覆いたくなるような光景が広がっている。
 職務上戦地へと赴いたことがこれまでにも数度あったが、その度に思う。
 争うことの意義がどこにあるのか、と。
 大地は血で赤銅色に染められ、人々の怨嗟の紅が染み込んだその上を、更に戦火が焼き尽くしている。建物は打ち払われ、もはやかつての情景を思い描こうとすることも萎えてしまうほどの荒廃。
 血と、煤と、かつては人であった物が腐敗する匂いと、それ以外のあらゆる物の匂いが綯い交ぜになったものが充満している。
 何が正義で、どこに理があるのかは判らない。
 けれども、いつもそこには弱き者達が割を食うという現実がある。
 王や軍人はいい。戦う事が正義であると公言できるから。
 けれど、一般市民は違う。身を守る事も出来ずに死に、たとえ命助かろうとも戦乱の荒廃と戦わなくてはならない。
 そこに―――王が振りかざした大儀に、理などあると言うのだろうか。
 国を守る為、民の為と言いながら、結局は国民を絶望の底へと叩き落す。
「何度経験しても慣れないな・・・こればかりは」
 男は眉をひそめながら呟く。
 焦土と化した街を歩みながら、一定間隔で呪を刻んでゆく。
 街を歩きながらこうして少しずつ呪を刻んで、最後に一斉開放させて疫病を払うのだ。
 男が今回単身でやってきた目的はただそれだけの為だった。
 人が大量に亡くなれば、それだけでも疫病や伝染病が流行りやすい。おまけにこれだけ街が壊されれば、衛生環境の悪化で更なる流行の引き金になる。
 中央大陸でそんな物が流行ったら、あっという間に世界に広がる。法国としては、それだけは避けたい。だから、要請がある前に先手を打ってこいと指令が下った。
 だが、それ以外の事は一切するな、と上から厳命があった。もとより、この規模の戦災に一人で対応することなど出来はしないというのに。
 しばらくそうして歩いたところで、死体の山が眼に飛び込んでくる。
 無造作に積み上げられた遺体には、人の尊厳など微塵も残されてはいない。
 これが、戦争が残した負の現実。
 視線を巡らせると、その先に煙が立ちこめていた。
 街に漂うえも言われぬ匂いの一部―――遺体を焼いているのだ。 
 一体一体埋葬するだけの土地も労力もありはしない。
 どこの戦地でも見かける光景だ。
 無感動にそれを一瞥して、さらに歩を進める。
 ざくり、ざくりと大地を掘って、土を巻き上げる者がいる。
 あいにく、深く掘った穴の中にいるので姿は見えない。
 きっと、墓守だ。穴を深く掘ってその中に遺体を並べ、上から油をかけて焼く。数日かけて焼けたら、後は上から土を被せて終わり。
 足を止めたその場所の周りには、それと思しきものが無数にあった。
 男はため息を一つ零して、また歩き出した。しかし、歩き出した男の死角に、何か奇妙なものが映り込んだような気がして歩みを止めた。
 振り向くと、そこに煤と泥にまみれた幼い子供が蹲っている。
 一瞬死んでいるのかと思ったが、うっすらと肩が上下しているように見えた。
 視線は虚ろだが、その手でしっかりと側に横たわった死体の手を握り締めている。
 男は子供に近寄った。
「どうしたの、そうしていると、君まで死んでしまうよ」
 そう言って覗き込んだ幼い顔は、なんとなく女児のように思えた。
 虚ろな瞳は、深い漆黒。
 汚れていて判別しにくいが、どうやら毛髪も同じく漆黒。
 珍しい、と男は思った。特にここ、ゲニヘム帝国では。
「おじょうちゃん、名前は?」
 幼女の虚ろな視線が少しだけ動いて、頤が緩慢に動く。
 悲鳴のように搾り出した声音で、消えゆくように呟く。
「ふ・・ろう」
「フロウ?」
 男の問いかけに、幼女は一瞬頷いた。
 幼女はそのままのめるように意識を失う。
 頷いたように見えただけだった。
「おじょうちゃん、おじょうちゃん」
 男は幼女を呼びながら、その体を起こして脈を取る。
 弱い拍動を感じ取って、ほっと胸を撫で下ろした。
 だが、安心してはいけない。このまま放置すれば、確実に死んでしまう。
 男が呪を唱えようとした所で、後ろから声が掛かった。
「あんた、何モンだい?見たところイグディアス兵じゃなさそうだが」
 振り返ると、農具を持って近づいてくる男がそこにいた。
 先ほど穴を掘っていた墓守だろう。
 男も子供と同じように全身泥にまみれている。
「私は巡導師です。この子は一体・・・」
「ああ、こいつは゛フォロウィ″だよ。真っ先に死ねばいいのに、しぶとい。おまけに親の手ぇいつまでも握って放しゃしねぇ。もう死んでるってのに。まぁ、こいつもそのうち死ぬだろうから、そん時まで放っておけばいいけどよ」
「この子がフォロウィって、どうして。こんな幼い子供が」
 フォロウィ―――古代語で魔の血族。
「だってそりゃぁよ、黒髪黒眼だからフォロウィに間違いねぇだろうが」
 墓守はおかしな事を言うと言わんばかりに、鼻にかけた笑いを浮かべながらそう言う。
 刹那、男は薄茶色の瞳を大きく見開いた。
 まさか、たったそれだけの理由で魔の血族だとは。
 こんな所に来てまでそのような事を耳にするとは思いもよらなかった。
「そんなガキ放っておいて、内地で病人みてやってくれよ。これ以上死体が増えたらたまらねぇから」
 墓守はそういい残して、また穴へと戻ってゆく。
 男は去り行く墓守の後ろ姿を見つめながら、奥歯をかみ締めた。
 汚れにまみれた幼女の顔を覗き込みながら、呟く。
「なんと哀れな」
 そしてそのまま、呪をこめた―――職務違反だとわかっていた。


 男は戦地での任務を無事に終えて、セルジアンゼル法国の自宅へと戻ってきていた。
 幼女の応急処置を終えて、ゲニヘム帝国内の関係官庁を個人的に訪ね歩いたが、どこも色良い返事はもらえなかった。
 終戦間もない混乱の最中だから致し方ないのかもしれないが、戦災孤児の数が多すぎて新たな受け入れは出来ないという。フォロウィならば尚更だと、当たり前のように声高に言われては、男にはもうゲニヘムという国に期待を抱くことは出来なかった。
 たとえ施設に受け入れられたとしても幼女の行く末が透視えた気がして、草の根を分けてもという気は失せた。
 自宅の寝台に横たわる幼女を見つめながら、男は今日幾度目かのため息を漏らす。
 つい先月も他国の孤児をこの国の施設に入れる手続きを取った。それで直属の上司からきついお咎めを頂戴したばかりだった。
 税金で運営される児童施設は、本来ならばこの国の孤児のためにあるものだ。
 セルジアンゼルは豊かな国ではないから、国内の孤児でさえ入所をしぶる。それ故、他国の孤児ならば尚更受け入れたがらない。
 自力で働ける年齢になるまで衣食住の面倒を見てやらねばならず、費用がかかるからだ。
「はて、どうしたものか・・・」
 男がそう呟いたところで、部屋の扉がそっと開かれる。
「おチビさんの具合はいかがです?」
 幼女を起こさぬよう小さな声で訊ねながら男のもとに近寄ってくるのは、家政婦として雇っているミュゼだ。まだ若いが、気立ての良いしっかりした娘。
 焦げ茶のひっつめ髪に、茶色と水色の混じった瞳。
 うっすらと雀斑の浮いた頬には白粉をはたいた形跡もない。だが、化粧気などなくとも、彼女は充分に愛らしい顔立ちをしていた。
「山は越したようだ。さっき栄養を入れてやったから、顔色も少し良くなった」
「それはようございました」
 安堵するように、彼女は胸をなでおろす。
「それから・・・親戚を当たって見ましたけど、ダメでしたわ。お力になれず申し訳ありません」
 心底申し訳なさそうな表情を浮かべながら、ミュゼは頭を下げた。
 瀕死の状態の幼女を連れ帰った時、大まかな事情をミュゼに話した。
 それを聞いた彼女は、男が何も頼んでいないのにもかかわらず、里親探しをしてくれたのだ。
「私が引き取ってあげられたら良いのですけれど・・・ウェンが良い顔をしてくれなくて」
 ウェンとはミュゼの婚約者だ。彼女は再来月に結婚することが決まっている。
 里親探しをしてもらっただけでも申し訳ないのに、新婚家庭に里親になってもらうなど無理な話だ。そこまで甘えられない。
 男は彼女の優しさに、頭が上がらなかった。
「気持ちだけで充分だよ、ミュゼ。君に気を使わせてしまって申し訳ない」
「旦那様にはいつもお世話になっていますもの。こんな時こそご恩返しがしたかったのですけれど」
 ダメでした、と情けないような表情を浮かべて笑う。
「本当にありがとう」
 そう言って、男は微笑んだ。


 幼女が意識を取り戻したのは、男がゲニヘム帝国から連れ帰って3日後の事だった。
 幼女は寝台の上で目を開いたが、虚ろな瞳で宙を仰ぐばかり。
 それを最初に見つけたのはミュゼで、彼女は途方にくれた。
 話し掛けても、何も答えない。そればかりか、ミュゼを見ることすらなかった。
 戦災孤児だと聞いてはいたが、まさかここまで酷いとは。
 体の傷よりも心の傷が深いのだとミュゼは感じて、瞳にうっすらと涙を浮かべる。
 連れてこられた幼女は使い古された襤褸雑巾のようなありさまだった。
 この家の主であるレザンが応急処置だけは施していたが、そのまま寝台に寝かせることすら躊躇うほど。
 泥や血や様々な汚れにまみれた強烈な腐臭を発する衣服――と呼べるのかどうか――を脱がせれば、その下には下着すら身に着けてはいなかった。
 清潔な蒸し布で頭からつま先まで丁寧に拭き清めながらミュゼは号泣した。
 拭き清められ、次第にあらわになってゆく白い肌のいたる所に打たれたような跡があった。浮き出た肋骨に異常に膨れた腹。よくこの状態で生きていられたものだと彼女は思う。
 そのどれもがあまりに傷ましく、ミュゼの心は締め付けられるようだった。
 戦争とは、なんと残酷なのだろう。
 前掛けの裾で涙を拭ったところで、この家の主が帰宅する。
 朝、所属官庁に顔を出すと言い残してでかけていたのだ。
 小さな家だから、玄関扉の開く音ですぐにわかる。
 出迎えようと踏み出したが遅かったようだ。扉を開いて歩いてくるこの家の主の姿がそこにあった。
「おかえりなさいませ」
 その声に頷いて、彼女の隣まで来て歩みを止めた。そのまま寝台の中を覗き込む。
「目を覚ましたようだね」
「ええ、でも話し掛けても何も答えてくれなくて・・・」
「そうか・・・。ミュゼ、水を持ってきてくれるかい?」
「わかりました」
 部屋を出てゆくミュゼを見送って、寝台の側に置かれた丸椅子に腰を下ろす。
『おじょうちゃん、私の言葉がわかるかい?』 
 レザンは中央大陸の公用語で問い掛ける。
 セルジアンゼル法国の公用語は中央大陸全域で使われているものとは違うのだ。
 その声に、今まで虚ろに宙を仰いでいた視線がレザンに向けられる。
 その様子にレザンは頷いて、ローブの懐から簡素な指輪を取り出した。
 幼女が最後まで握りしめて放さなかったあの遺体がはめていたものだ。
 せめてもの形見にと外してきたのだ。遺体は女性だったから、母親だったのだろう。ゲニヘムの民の例にもれず汚れてはいたものの見事な金髪だった。
 手入れを怠っていたのか、それとも火に焼かれでもしたのか、内側まで真っ黒になっていたそれを、市街地の宝石商に頼んで磨いてもらった。せめて姓でもわかるかと思ったが、あいにく質素な模様の彫りが表に施されているだけだった。
 それを、幼女のてのひらにそっと乗せてやる。
 幼女はそれを、じっと凝視した。
「きある(おかあさん)・・・」
 不意に、幼女の黒い瞳から涙が一筋こぼれおちた。
 レザンはその様子を戸惑いながら見守ったが、幼女はそれ以上の感情を表に出さなかった。
 一瞬、号泣するかと思ったのだが。
『名前は?』
「ふろうぃ」
 どうやら言葉は理解できるようだが、片言しか喋る事ができないようだ。
 それでも、幼女が何と言いたいのかは理解できる。
 フォロウィ―――
 少なくとも、本当の名はそんな忌まわしいものではないだろうに。
 レザンは幼女に向かって首を左右に振ってみせた。
『君の名前はフロウだよ。小さな光という意味なんだ』
 幼女は理解できない様子でレザンを見つめた。
『言ってごらん、君の名前はフロウだよ』
「ふろ・・う」
 幼女がたどたどしく呟いたのに、レザンは笑んで大きく頷いた。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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