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category翼の刻印編 第3章

5・明暗

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 数ヶ月間の長期巡導を終えようやく帰国の途に就いたレザンは、帰宅したのも早々に家を飛び出した。
 施設にフロウを入所させるとき、どうするべきかを考えあぐねた。
 アリィの一件ですでに上と一悶着あった矢先の事だっただけに、いっそフロウを自分の養子として引き取ろうかとも考えた。
 だが、アリィを施設に入れておきながら、フロウだけ引き取る事が己の中で腑に落ちない。
 では二人とも引き取るかと考えれば、それも容易な事ではなかった。
 なにせ年中飛び回っている身の上、金銭的な面で生活させることは出来ても、日常の面倒を見てもらうのに住み込みの家政婦を雇わなくてはならない。ましてその家政婦に親代わりをさせるのは、いくら何でも無茶だろう。
 子育てなど実子であっても難しいというのに、その場合こちらは養子だ。しかも、二人も。
 結局、いずれの考えにも納得出来ず、やはりフロウも施設で見てもらうのが良いだろうという結論に達した。
 上とは、施設に対して自分が毎月寄付をするからという事で、何とか折り合いをつけた。
 それすらも、最善策だったのかはいまだにわからないが。
 無事にフロウを入所させられたのだし、本来ならばそれで役目を終えても良かったのかもしれないが、二人の成長が気になって、折をみつけては様子を見に行くようになった。
 あれから五年の歳月が流れ、レザンの赤み掛かった薄茶の頭髪には、白いものが混じるようになっていた。
 市街地の片隅にあるその場所は、レザンの自宅から比較的近い。
 内政従事者だから中央近くに家を用意すると国から言われたが、国が用意する家はどれも広すぎて、レザンは結局四位昇格以来ずっと市街地の小さな一軒家に住んでいる。
 家族はいないし、今後も妻を娶る気はないから、それで充分なのだ。
 成長著しい女児二人は、前回の訪問時には前々回と比べて随分と背が伸びていた。
 今回もまた、大きくなっているのだろう。それを思うと、レザンの頬は自然と緩む。
 アリィと違って、保護した際激しい栄養失調状態だったフロウは、身体に障害が残るのではと心配していた。特に、知能の発達障害が残るのではと。
 だが、ありがたいことにそれも無事杞憂に終わった。
 特に何をしたわけでなく、年に数回こうして様子を見ているだけなのに、すっかり自分の娘達のような気がして、それがまた可笑しい。
 そんな気持ちを抱く自分に苦笑して、レザンは歩みを進めた。
 たどり着いた児童施設は、相変わらず簡素な佇まいをしていた。
 門扉があり、その両側からぐるりと施設の周りを背の低い柵が取り囲んでいる。
 広い中庭と平屋の建物が見えた。子供達の姿はない。今はまだ授業中だろうか。
 鍵などは掛かっていない門扉を開いて敷地内に足を踏み入れる。
 それからしばらく進んだところで、一人の女性に出くわした。
「あら、スピングさん。いらしていたのですね」
「こんにちは、マリニ(著者訳:母という意味。教会系施設のマザーあるいはシスターと同義。劇中造語)=エトナ」
 レザンの挨拶に穏やかに微笑んだその頬には、いくつもの皺が刻まれている。
 一まとめにした髪は、そのほとんどが白かった。
 穏やかに佇む老女は、この施設の長である。
 彼女はどの子にも分け隔てなく深い愛情を注いでくれるので、愛に飢えた子供達には文字通り母そのものだ。
 また、長く育児と教育に携わってきた経験には卓越したものがある。レザンはこのエトナに全幅の信頼を寄せていた。
「二人は、元気にしていますか」
「ええ、元気にしていますよ」
 午後の緩やかな日が差し込む小道を、二人並んでゆっくりと歩く。
 やんわりとエトナの声が紡がれる。
「フロウは知的探究心が旺盛なようですわ。
 ・・・正直、もっと高い教育を受けさせてやるべきなのだと思うのです」
「と、いいますと?」
「わたくしも長年子供を教育してまいりましたけれど、フロウのような子は見たことがありません。教育者として客観的に鑑みても、あの子は天才なのかもしれません」
 エトナの言葉に、レザンの足が止まる。
 その意味が飲み込めず、思わず老女の面を覗き込む。
「同世代の子供たちより、読み書きを覚えるのが早かったのですが、最近それだけに留まらないことに気がつきました。図書室の本を・・・天体解説書を読んでいたんです。もちろん、児童向けに編纂されたものですけれど、本来あの本の対象年齢は12・3歳向けです。何気なく訊ねてみたら、内容もきちんと理解できているようでした」
 知的障害が残るのではとまで心配していたフロウが、まさか天才などと言われることを全く予想していなかっただけに、レザンはエトナの言葉に何も返すことが出来ずに立ち尽くした。
「それから、アレクシスの事ですが」
 レザンの瞳を真っ直ぐに見据えて、口を開く。
 その表情に、深刻なものを浮かべていた。
「愛情に飢えているようなのです。もちろん、ここに来た子供達は多かれ少なかれそういった部分を持っています。けれど、アレクシスの場合は深い飢餓を抱えているような感じで。例えば、何かにつけ一番になりたがったり、マリニが他の子供の相手をしているとわざと問題を起こして注意を引こうとしたりするのです。見かねたマリニが注意すると、それはもう酷い癇癪を起こして」
 エトナの口から語られるフロウとアリィの様子に、レザンは動揺を隠せない。
 フロウとアリィの成長が両極端で、人を育てた経験のないレザンには対処法がわからなかった。
 厄介払いをしたいという意味で取らないで欲しいのですが、とエトナは前置きをする。
「二人の事を思えば、早く里親を見つけるべきだと思います。フロウには、充分な教育を受けさせられる財力のある方。アレクシスには、充分な愛情を注いでもらえ、かつそれに対して理解のある方を」
 厄介払いをしたいのではないというエトナの言葉は本心だろう。
 それは、彼女の人となりを見ていれば良くわかる。
 二人の事をきちんと考えてくれているからこそ、あえて口にしたのだ。
 レザンはエトナの言葉に、ただ頷く事しかできなかった。


 女児は俯いて、自分の首に掛かっているペンダントを手にとって見つめた。
 鈍色をした冷たい感触の平たいそれは、ヘキサグラムの形をしていた。
 だが、女児にはそれがヘキサグラムだという認識はない。
 それは、ここに連れてこられる以前から身に付けていたという事だけ。
 もちろん、その時の記憶さえ今はない。物心ついたときには、この小さな世界で生きていたので。
 マリニが言うには、ここにいる子供達にはみな【おとうさん】も【おかあさん】もいないらしい。それはマリニの事ではないのか、と疑問に思って聞いてみたけれど、マリニはそのどちらでもないのだという。
 なんだかよく分かったような分からないような。だが、そんな事はどうでもいい。
 とにかく、女児はとても怒っていた。
 また、マリニ=ルネに叱られた。
 どうして自分がそんなにも叱られなければならないのか、よく理解できない。
 自分はマリニが好きだから、とにかく一緒に居たいのだ。
 他の子と仲良くしないで、自分だけを見てくれたら良いのに、と女児はいつも思っている。
 一人で反省しなさいと叱られたので、仕方なくこうして中庭の片隅で蹲っていた。
 心地良い午後の日差しが燦々と降り注ぐ中庭には、数人のマリニと、入所児童達の姿があった。そこに、子供特有の甲高い笑い声が満ちている。
 女児はちらり、とペンダントから視線を外してそれを一瞥したあと、また面白くない様子で俯いた。
 白くふっくらとした子供特有の小さな手が、ペンダントを裏返す。
 最近ようやく自分の名前が書けるようになった女児だが、その裏側に書かれた奇妙な形の絵が、どうして自分の名前になるのかはわからない。
 たまにここに現れて、にこにこと笑いながら、自分と話してゆくレザンという男が教えてくれたのだが。大事にしなさい、とも言われたのだけれど。
【おとうさん】は男で、【おかあさん】は女だという。
【おとうさん】が男なら、レザンが【おとうさん】なのかと聞いたら、それも違うのだという。
 なんだかよく分からないことばかりだ。
 あんなににこにこと笑って、自分のことを可愛がってくれるのだから、レザンもきっと自分の事が好きなのだと思う。だから、自分もレザンが好きだ。
 いっそ、レザンが【おとうさん】になってくれたら良いのに、と女児は思う。
 そうしたら、自分だけを可愛がってくれる。フロウみたいな可愛くない子と喋ったりしないのに。
 レザンはここに住んでいない。何度も何度も眠って起きて、前に来たのがおとといのその前のずっと前になってから、ようやくレザンはやってくる。
 そうやってたまにしかやってこないくせに、自分だけではなくフロウまで可愛がるから嫌だ。それがまた、腹立たしい。
 女児はフロウが嫌いだった。
 レザンが自分以外の子供を可愛がるのも嫌だし、マリニはちっともフロウを怒らない。自分にはすぐ怒るくせに。
 それよりも女児が一番嫌なのは、フロウが字を書くのが上手だったり、本を読んだり出来ることをマリニが誉める所だ。
 同じ年の子よりも、自分は名前も上手に書けるし、字も少し読める。フロウがいなければ一番なのに、あの子のせいで自分は一番じゃない。
「フロウなんかきらい」
 女児はそう呟いた。
 マリニに叱られた腹立たしさが、いつの間にかフロウへの怒りに摩り替わった事に気がつかない。
 女児は怒りを持て余し、かといってそれを発散するすべもないまま、両膝を抱えて頭をそこに載せた。
 また癇癪を起こしても叱られるだけだとわかっていた。日に何度もやるとおやつを取り上げられてしまう。それだけは嫌だった。
 どうせなら、おやつをもらって食べてからにしよう―――そう心に決めた時だった。
 マリニ=エトナが男を伴って歩いてくる。
 女児には見覚えのない者だった。
 じっと見つめていると、二人は女児の前までやってきて歩みを止めた。
「バルデアスさん、この子がアレクシスです」
 アレクシスは何が起きたのかが判らず、座った状態のまま首をそらして二人を見上げた。女児の視界から見えたのは、陰越しの大人二人の顔だった。
「スピングの話だと、もう一人いるとか」
「ああ、フロウの事ですね。あの子は中にいると思いますわ。いつも本を読んでいますから」
 訳がわからないが、フロウと聞いてはじっとしていられない。
 そのまま何もしないでいたら、レザンと同じように、またフロウを可愛がるのに決まっている。
 フロウよりも、自分の方が可愛いと思わせなくては。
 アレクシスはその場に立ち上がって、男を見上げて笑いかけた。そのまま男の手を自分のそれでつかむ。
「これ、アレクシス」
 それを見かねたエトナが咎めるが、アレクシスはその手を放さない。
 そのまま頑なに掴んだまま俯いた。
 男は驚いた様子でアレクシスを見たが、無下にその手を振り解きはしなかった。
「私はこのままで構いませんよ。その、フロウという子にも会わせていただけますか」
「申し訳ありません。では、お言葉に甘えてそのままご案内いたしますわ」
 男の言葉にアレクシスは少しがっかりした。
 一生懸命頑張ったのに、やはりこの男もフロウを可愛がるのだ。
 どうしたら自分だけを可愛がってもらえるのだろう。
 でも大丈夫だ。マリニと違って怒らなかったから、この男はきっと自分のことを好きな筈だ。このままこうしていれば、きっとフロウよりも可愛がってもらえる。
 毅然と前を向いて歩きながら、ひどく楽しそうに笑顔を浮かべるアレクシスの横顔を見つめながら、エトナは小さなため息を漏らした。
 もちろん、アレクシスにはそのため息の意味がわからない。もとよりそれも耳には入らない。
 エトナは複雑な表情を浮かべたまま、フロウの元へと男を案内する。
 小さな部屋の片隅で、いつものように本を食い入るように読んでいるフロウがいた。
 アレクシスと違って、こちらは居るのかさえ忘れられてしまう様な子供だった。
 何せマリニが話し掛けてやらなければほとんど言葉を発さない。
 本さえ与えてやれば、何時間だって夢中でそれを読んでいるのだから。
 現に今も、三人が自分に近づいた事にさえ気がついていない。
「バルデアスさん、こちらがフロウです」
 エトナの言葉に、男は興味深そうな表情を浮かべる。
 当のフロウはというと、エトナが発した言葉にようやく三人の存在に気付いて顔を上げた。
 本から顔をあげたフロウを確認して、男はアレクシスの手をやんわりと放す。
 そしてそのまましゃがみこんだ。
 アレクシスは、男のその行動に驚愕して青ざめた。
 呆然と、男の後頭部を見つめる。
「゛世界の植物″か・・・。楽しいかい?」
 にこやかに微笑んで、男はフロウに問い掛けた。
 フロウは黒い瞳で男をじっと見据えながら、こくりと頷いた。
「どんな植物が好きかな?」
 男がそう訊ねると、フロウは少し考えこむように首をかしげた。
 程なくして、持っている本の項をめくる。
 しばらく項を繰って何かを探していたが、目当てのものが見つかったようだ。
 開いた一項を男に向かって差し出した。
 男はそれを眺めて、また興味深そうにフロウを見つめた。
「トーレか・・・また、どうして」
 フロウが開いた一項に記載されていたのは、トーレと言われる穀物だった。
 特別美しいわけではなく、何の変哲もないただの穀物。色彩も地味で、およそ子供が好むような代物には思えない。
「荒れた土地でも生えるから」
 フロウの言葉に、大人二人は目を見開いた。
 アレクシスは、相変わらずぼんやりと男を見つめたまま。
「・・・信じられない」
 男は、額に手を当てた。
 そしてそのまま思考を巡らせる。
 さまざまな考えが浮かんでは消えた。考えては否定し、否定しては考える事を繰り返し、それでも思い至った考えが打ち消せない。
 この、ひどい塩害のある不毛の大地―――セルジアンゼルでも育つと言いたいのではないのかと。
 男は意を決して立ち上がった。
 そしてそのままエトナに向き直る。
 同じく複雑な表情を浮かべる老女に向かって口を開く。
「今日はこのままお暇します。また、連絡致します」
 エトナはその言葉に頷いた。
 そしてアレクシスをその場に残したまま、大人二人は連れ立って部屋を出て行った。
 フロウはまた、何事もなかったかのように本に見入る。
 アレクシスはそこに立ち尽くしたまま、その小さな両手を握って唇をかみしめた。
 
―――フロウなんか嫌い



 数日後、男がまたやってきた。
 そしてフロウはその日から姿を消した。
 アレクシスが不審に思い、マリニに訊ねると、フロウには【おとうさん】が出来たのだという。
「おとうさんは今日来ていた方よ」
 それを聞いて無償に腹立たしくなり、アレクシスはまた癇癪を起こした。
 マリニ数人がかりで宥めすかしてみるものの、癇癪は一向に収まらない。
 騒ぎを聞きつけたエトナがやってきて、他のマリニと交代する。
 床に仰向けになって手足をバタバタ動かしながら、金切り声をあげて泣き叫ぶアレクシスを見つめながら、エトナはまたため息をついた。
 どうにか里親が決まることを、心から願わずにはいられない。
 結局泣きつかれてそのまま眠るまで、アレクシスの癇癪は収まることはなかった。
 
 フロウがバルデアス家に養子に行ってから数週間、アレクシスはひどく静かに過ごしていた。
 以前の事を考えれば、それは異常な程だった。
 言葉にして表現するならば、気が抜けた様とでもいうのだろうか。
 アレクシスに手を焼いていた若いマリニ達は内心安堵していたが、エトナの心労はますます増えた。
 アレクシスにどう対処しようかと悩んでいた折に、レザンから連絡が入った。
 つてを頼ってようやく里親になってくれるかも知れない者を見つけたと。
 ただし、本人を見てみない事には何とも言えないとの但し書きがついていた。
 もちろん、児童施設から子供を引き取ろうと言うのだから、そんな事は当たり前のことだ。
 身寄りのない子供を引き取ろうという者がいる事自体が稀なことだ。さぞやレザンは苦労した事だろう。
 それもこの短期間に、二組も。レザンに里親の必要性を訴えてから、まだ三月しかたっていなかった。
 その苦労を慮るだけに、アレクシスの様子が気がかりだった。
 この状態で果たして気に入ってもらえるのだろうか。もちろんレザンの事だから、内面的に申し分のない人物を探し当てたのだろうが。
 特殊な事情を抱えた子供なのだと、察してもらえるものと信じたい。
 エトナが落ち着かない様子で待つことしばし。
 所定の時間よりも少し早めにその夫婦はやってきた。
 ラトバルク夫妻は、エトナが考えていたよりも歳をとっていた。
 自分ほど年寄りではないが、壮年を少し過ぎているだろう。
「お待ちしておりました」
 エトナがそう言うと、先に口を開いたのは夫人の方だった。
「待ちきれなくて早く来てしまいました」
 朗らかに笑いながらそう述べる。
 主人の方はというと、夫人の様子とは違って無表情だった。
 けれども、厳しい様子ではないからあまり心配しなくても良さそうだ。
 エトナが案内する間、夫人は始終口を開いたままだった。
 何でも、子供を望んでいたのだが結局恵まれなかったこと。
 また、養子を取ることを今まで決断できなかったのだが、知り合いから聞いたレザンの人となりが素晴らしかったので、一目だけでもと今日の訪問を決めたのだということ。
 エトナが聞きもしないのに、頷くたび夫人は教えてくれる。
 だが、本来そう言ったことは聞きづらいことだから、エトナにとってはありがたかった。
 おしゃべりな部分が玉に傷だが、この夫婦なら―――特に夫人の方には愛情を持って子供を育ててもらえるだろう。
 あとは、アレクシス本人を気に入ってもらえるかどうか。
 案内した場所にいたアレクシスは、やはり気が抜けたように呆けた表情で座っていた。
「この子がアレクシスですわ」
 エトナがそう言っても、アレクシスはもう以前のような態度は見せない。
 本人を見た夫人は、表情を綻ばせながら己の両手を組み合わせた。
「なんて愛らしい子かしら」
 夫人のその一声が決め手になった。



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