FC2ブログ
category翼の刻印編 第4章

2・罠

trackback--  comment--
「あっちはフェイクだった訳ね・・・」
 若干低めの男の声が、開けた空間に融け落ちて行く。
 だだ広いその場所は、男が背にした入り口と床を除く壁面全てが水晶で覆われていた。
 視界を開くために放った発光体が、天井近くで揺れている。
 それに照らされて、六角に育った大小いくつもの石が煌く。
 男は入り口近くに立ったまま、手近な所に育っている水晶を覗き込む。
「くずか・・・」
 見入ったそれには、白い雲状の濁りが混じっていた。
 視線をその辺りに満遍なく向けるが、やはりどれも同じようにくずばかりだ。
 混じり気がなく大きく育ったものは希少で利用価値も高いが、こんなにも不純物が多いのでは価値がない。
 だが、そのおかげでこれだけのものが手付かずの状態で残っていたのだろうが。
「これだけ数が多けりゃ呪力も増すってもんよね」
 男は女性のような口調で呟きながら、明るく照らされた足元を眺める。否、正確には地面全体を。
 そこには、大小様々なおびただしいほどの紋が刻まれていた。
 男がその場所―――霊峰ハイジュライド―――に赴いたのは、法国の命を受けたからだった。
 古来より大気中の呪力が強いこの地では、良質の水晶や精霊銀が多く産出される。
 その廃鉱になった晶鉱の入り口付近で、数十基の地紋が発見された。発見したのはこの霊峰に出入りしている山師で、それはすぐに、そこを領土として治めているシェダリカ王国に報告された。
 セルジアンゼルが質の良い鉱石を求めて、近年シェダリカと国交を盛んに行っていることから調査以来が舞い込んだ。曰く、ノクタグラム――逆五芒星――の解析ができる専門職が居ないので何とかして欲しい、と。
 ノクタグラムに限らず、地紋の解析に関してはそれ相応の知識を要する。
 古代語に長けていること。身体呪力量が大きい者であること。そして、一番重要なのが呪色を判別できる者であること。
 そのいずれの条件にも当てはまったので、男はここにいる。
 数週間かけて入り口の地紋を調査したが、どうも臭う。
 と言うのも、一見して綺麗に組み立てられた因果が、ズレている。
 召還の陣であるはずなのに、そのままでは開くことが出来ない紋ばかり。にも関わらず綺麗に焼き付いている。開いた後のように。
 良くも悪くも気になって、掘られた形跡のない壁の先に来てみたが、どうやらそれは当たりだったようだ。最も、うれしい方の当たりではなさそうだが。
 男はそこにしゃがみこんで、足元にある小さな紋を凝視する。
 蜜色の金髪が、さらりと肩口からこぼれ落ちた。
 天地を逆に描いた星は、両手足を広げた人の足が天を指すように二点が上になっている。その周囲に二重円。
 そこに、エギナの記号。
 始まりから時計回りに視線を順に巡らせて、最初の鍵を見つけた。
「リム・・・ねぇ」
 リム―――羊。
 男は帯刀するように腰元に吊った杖を引き抜いた。
 それは、一変の曇りもない水晶で出来ている。他には何もついていない。
 杖の先を゛リム″の一語に当て、そっと呪を流し込む。
 杖の芯を光が通り抜けてゆく。
 流し込んだ呪力は僅かばかり。
 紋は一瞬ぱっと発光し、すぐに収まる。
 だが、そこから一本光が伸びた。導火線のように流れて、違う紋にたどり着く。
 発光、収束につぐ経由を繰り返し、おびただしい数の紋の群れを泳ぎながら次々と紋が反応して行く。
「ヤバイ展開かも」
 口ではそう呟きながらも、あせる様子も見せずに立ち上がって杖を振る。
『バイ リドゥ』
 中空に描かれた星が霧散して、男の体にまとわりつく。
 それを確認して、再度軌跡を引く。
『ガロル』
 呟くのと同時に、奇術師が手中でカードを円く広げるがごとく、光が男の前に壁となって出現する。
 そして、最後の紋が開かれたのもほぼ同時だった。
 
 ―――ドォン!

 凄まじい轟音を伴って、発光して開かれた陣全てが爆発する。
 世界は湾曲して揺れ、空間全体がビリビリと振動している。
 熱波と衝撃が男を襲う。
 光の壁はあまりの熱量に融解し、空いた風穴から衝波がなだれ込む。
 首元の髪留めが解けて、長い金糸ともども流されて行った。
 腹部に直撃した烈風に、身体が軋む。
 己の耳に骨が砕かれる音が届く。一度、二度。
「・・・ぐッ」
 男は腹に手を当てて崩れるようにしゃがみ込んだ。
 ばさり、と金髪が肩口に散る。
 眼の覚めるような痛みが、脳天を突き抜けて行く。
「つ・・・あばらイッたわね」
 痛みに、整った顔をしかめながら立ち上がり、男は焼き切れた紋を踏み付けることを気にもとめずゆっくりと歩く。  
 すでに発動した紋を除外すれば、残された紋は数個。
「・・・木は・・森の中に・・・ってね」
 その中でも明らかに呪色の違う大きい地紋の前に立って、それを覗き込む。
「最っ・・悪ッ」
 男の水色の瞳には、一番見つけたくない古代語が映り込んでいた。
―――ドラン
「どうする・・・イリデュセス」
 誰も居ない空間に、男の声は虚しくこだました。



 メリィはいつも通りの時間に法王居室の扉をくぐった。
 小脇には古代語全集をしっかりと抱えている。
 昨日は授業が休みだったから、悶々としたまま一日を過ごした。
 レザンに訊ねたいことがあるのだ。
 どんな些細なことでも構わないから、己に巣食った者の事が知りたい。
 逸る気持ちを抑えながら、光溢れる螺旋階段を降りて行く。
 最後の踏み板を蹴り出してサロンへの続き部屋に足を伸ばしたところで、話し声が耳に飛び込んでくる。
 もう一歩を踏み込んだ所で、その声が誰なのかを知る。
 一人はこの部屋の主、法王レザン=スピング。
 そしてもう一人は、ロードモリオーン―――シェルビー=ウィックだ。
 立ち聞きする気などなかったが、その内容に思わず足が止まる。
「召還紋が大小合わせて七個。リムから始まって、最後はドラン・・・。
おそらく小物を贄に用意(しょうかん)して、順に大物に移行していったのだと思いますわ。最も、呪者自身も無事ではすまないでしょうけれど。いくらあそこがおあつらえ向きの条件下だったとしても」
「ふむ・・・だとしても、陣を七つも開ける呪力を持っているのなら、相当な呪者であろうの。困ったのぅ」
「十八年前の焼き直し・・・なんて事だけは避けたいですわ、現状では」
「そうも言っていられまいよ、呪者の望みが何であれ、行使する為に力を得たのじゃろうから。放置すれば何処かの国が滅ぶ・・・国だけで済むかどうかも判らぬが」
―――また、゛ドラン″
 メリィはその物騒な内容に呆然と弛緩した。
 細い腕から、分厚い本がするりと滑り落ちて行く。
 紙独特の重く乾いた音を立てて、床の上に開いた状態で落下した。
 少女が眼を見開いたまま立ち尽くしていると、サロンの中からレザンが現れる。
「メリィ・・・聞いとったのか」
 レザンは渋い表情を浮かべていたが、その声は責めているものではなかった。
「聞くつもりはなかった・・・のですけれど」
 後ろめたい気持ちになり、その先はレザンの顔を見ることが出来ない。
 そのまま、申し訳ありませんと頭を下げた。
「お前さんなら構わぬよ。とにかくお入り」
 師はそう述べながら、足元の本に手を伸ばした。
 その様子にゆっくりと顔を上げた。
 差し出された本を受け取ってレザンについてサロンの中に入ると、そこには懐かしい姿があった。
 己自身で固く閉ざした扉を、もう一度開く手助けをしてくれた人。
 シェルビーの姿を改めて認めて、メリィは頭を下げた。
「ロードモリオーン、その節は誠にお世話になりありがとうございました」
 シェルビーと最後に言葉を交わしたのは、まだ旅の最中だった。
 直接会って礼を言う機会がなかったが、まさかこのような場所になろうとは。
 頭を上げて彼の顔を覗き込む。
 一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐにふわり、と微笑んだ彼の表情に、いつものような覇気がない。
 若干、顔色も悪い。何より、身なりが彼らしくない。
 艶を失った金髪は、まとめられることもなく薄汚れた外套の上に流れている。
 旅の装いなのか、外套の裾から覗いた足元はこれもまた薄汚れた黒いブーツだった。
 いつも、贅沢だが品の良い身なりでキメているというのに。
「見違えたわ、良い色彩(いろ)になったわね」
 その声色にも、艶がない。いつもの彼の声よりも少しかすれたような感じだった。
「おかげさまで」
 そう返しながらシェルビーを眺める。
 そして、気がついた。きっと具合が悪いのだ。
 それも、立って話している事すら辛いくらいに。
「ディアマンテ様、私はこの辺りで失礼しますわ」
「呪で結紮しただけではつらかろう、薬を作るで待っておれ。そう急いて帰らずともよかろうに」
 言い含めるようにそう述べるレザンに、シェルビーは苦笑した。
「イリデュセスに頼みますから、ご心配なく」
 心配するな、と言いながらも、彼の額からは一筋の汗が流れて行く。
 それを拭いもせずに一礼し、そのまま外套を翻してサロンを出て行った。
 メリィは心配で彼を見つめていたが、レザンがそれ以上引き止めなかったので、だまって後姿を見送った。
 翁の表情には、相変わらず苦いものが浮かんでいた。


 法王居室の扉を閉めたあと、シェルビーは大きな息を吐き出した。
 もう、意識は限界に近づいていた。
 鉱山で受けた爆発の影響が、殊のほか深い。
 だが、ここで倒れるわけには行かない。
 ゆっくりと、彼は歩き出した。
 朦朧とする意識を無理やりに引きずって歩く。
 斑な意識に、先ほどのメリィの顔が浮かんだ。
 前に会ったのは、まだ彼女が少年と連れ立って砂漠を旅していた時。
 その頃から思えば、随分と面差しが変わっていて驚いた。
 もちろん、己を支配する意識が違えば当たり前なのだが。
 せめぎ合っていた色彩は彼女本来の色に包まれ、今は穏やかに安定している。
 しかし、何よりも驚いたのはあの容姿。やはり、血は争えないという事か。
「アレクシスかと思ったわよ」
 そう、独り言ちる。
 薄暗い穴倉には、彼の足音だけが反響していた。



 前へ次へ

〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学