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category翼の刻印編 第4章

3・ジゼットとコール

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「しっかしまぁ、派手に燃えてるわね」
 女は琥珀色の巻き毛をなびかせて、焼き切れて滲んだ紋の上を無頓着に歩き回る。
 布地を節約したのかと聞きたくなるほどのその服装は、明らかにこの場には浮いていた。
 女性用の下着のような上着に窮屈そうに詰め込まれた、豊かな胸。下に履いている赤いズボンからも、肉感的な太ももが伸びている。
 動く度に腰周りの素肌が露出して、へそが見え隠れしている。
 彼女が普通の女性なら、それだけで強姦に襲われそうな出で立ちだった。
「私達が先発隊だったら、確実に死んでたわね、コール」
 楽しそうに笑いながら、入り口近くでその場所を興味深そうに眺めている男に言葉を投げかけた。
 コールと呼ばれた男は、眼鏡の奥に怪訝そうな表情を浮かべる。
 女と違って、彼の姿は至って常識的だ。
 耳が半分出る程度に切りそろえられた髪はごく薄い金髪。眼鏡の奥に潜む涼やかな目元にはまった瞳は灰色。美丈夫とは行かないまでも、それなりに整った容姿をしているが、若干神経質そうな印象が滲む。
 すらりとした体躯に長袖の白いシャツと渋緑のズボン、皮のブーツに薄手の外套という格好だ。
「君には緊張感ってものが欠如しているな、ジゼット」
 辛辣な言葉を吐いて見返したその女は、いかにも男好きしそうな甘い顔立ち。
 くるりとした大きな瞳は冷たく感じる程のごく薄い水色だった。それが冷たい印象を与えないのは、ひとえに彼女のもつ柔和な表情と、甘い容姿のせい。
「これだけ発火してるのに生きて帰ってくるなんて、冠位は伊達じゃなかったのね」
 コールの冷たい言葉は耳に入らないかのように、ジゼットは一人でしゃべりつづける。
 視線を周囲に巡らせると、壁面を覆う水晶は真っ黒な煤にまみれていた。
「君と一緒にされてはロードモリオーンも不服だろうさ」
「さすが、変態フローレス」
 フローレス―――詠唱破棄。
 冠位を戴冠するには、その絶対条件として呪の詠唱破棄が出来なければならない。
 許されるのは一段詠唱まで。
 一位以下の者には高度すぎて出来ない呪法なので、ロード達の隠語で冠位者をフローレスと言う。
「大概不遜だな、君は。少しは口を慎みたまえ」
「あら、そう言うけどコール、自分の美的センスに叶えば女も男もイケるってのは、私は変態だと思うけど」
 真剣に言い募るジゼットを見つめながら、コールは大きなため息をついた。
―――通じていない。
「君と話していたら疲れる」
 やれやれと首をすくめた。
「あたしもアンタみたいな堅物と寝るのはゴメンだわ」
 コールをからかうように楽しげに言う。
 それを聞いた彼の表情が、怒りに崩れた。
 いつも冷静なはずの男の顔が、みるみる赤く染まって行く。
「男を夜伽(よとぎ)の相手かそうでないかに分けるのはよせ!」
 コールは怒気荒く吐き捨てた。
 ジゼットと話していると、どうも自分のペースが乱れる。
 その理由はコール自身が一番わかっていた。
 ジゼットは良く言えば気さく、悪く言えば奔放なのだ。
 初めて会ったのは5年前の人事異動の時。
 その時までコールは別の冠位者の弟子だった。
 養成所卒業時の成績は学内ダントツの一位。就学中請われるままに冠位者の弟子になり、入庁後そのまま師の直轄部署に配属された。
 周囲からは将来を嘱望されていたし、実際自分でも出世栄達を疑いもしなかった。
 だが、挫折した。元来研究者気質で人付き合いは不得手な方。入庁いきなりの派閥争いに権力抗争。同期や先輩との拮抗にすぐに苦痛を感じるようになった。
 そうした酸欠状態で荒波を三年泳いだ所で、師から戦力外通告を受けた。
「私は君の師としては力不足なようだ。もっと力量のある師を探してみてはどうかね?」
 体の良い厄介払い。
 そしてようやくその時自覚した。己は自身の能力を買われたのではなく、目に見える部分だけの栄光を買われたのだ、と。
 信じて疑わなかった師に、わずか3年ばかりで可能性を見限られた。
 挫折のどん底で配属されたのが、冠位ライトを戴冠したフロウ=バルデアスの直轄部署、解析研究班だった。
 その移動初日の朝礼で、ジゼットは最高責任者であるフロウに強烈な挨拶を放ったのだ。
「残念、上司が女性じゃ実力の半分しか発揮できないわ」
 軽く科(しな)を作って微笑んだ彼女を、面白そうに眺めてフロウは言った。
「与えられたカードを活かすも殺すも支配者次第。実力を己で判断するな」
 そう述べて、冷たい相貌の女は片眉を上げて意地悪そうに笑う。
 その様子に、コールは驚きを隠せなかった。てっきり、激怒するかと思ったのに。
「愚か者どもには、捨て札にしか見えなかったようだな、お前達は」
 上司のその一言は、コールの身体を電撃のように貫いた。
 彼はその時から、フロウに対して崇拝に近い感情を抱いている。
 そして、ジゼットとは、職場の同僚として同じ年月を過ごしてきた。
「あら、そうは言うけどコール、どう思うかはあたしの自由でしょ」
 腰に両手を当てて自分よりも背の高いコールに、上目遣いで反論する。
 彼女にそう言われては、大半の男なら落ちるのだろう。だが、それしきの事で己はなびきなどしない。
「ああ、自由だとも。だが、口に出さないでくれ。不愉快だ」
「あら、28にもなってウブなのね、コール。性欲は罪だとでも言いたげよ」
 綺麗に巻かれた髪を右手の人差し指に絡めて弄びながら、艶っぽい笑みを零す。
 ずれた眼鏡を直しながら、コールはどう返答しようかと逡巡する。
 この不毛なやり取りを、どうすれば終了することが出来るのだろう。
「アンタの大好きな女王様だって、一皮剥けば、中身は女よ」
 ふふふ、とまた楽しそうに笑うジゼットに、コールの苛立ちは頂点に達した。
「君の性的嗜好と僕自身の問題は無関係だろ!君とは話したくな・・」
 コールの言葉が最後まで紡がれぬところで、ジゼットが割り込む。
「あんたは何もわかってない!」
「僕が何をどうだって言うんだよ」
「女は強かで、ずるくて、辻褄の合わない生き物だって事をよ」
 ジゼットは静かにそう言って、コールに背中を向けた。
「・・・そして、やっぱり女なの。
 アンタ判ってる?女王様がどうしていつも、あんな格好をしているのか」
 彼女の言葉に、コールは何も返す事ができなかった。
 普通に考えれば、派手好きと言いたい所だが、ジゼットはそうではない、といいたいのだろう。
 だが、その言葉に対する疑問。
 ジゼットの言いたい事の意味がわからない。
「アンタは、目に見える部分しか愛してない」
「そういう君はどうなんだ、ジゼット。君が愛しているのは、男の地位じゃないのか。
 だから、男と一夜を共にしてまで三位まで上り詰めたんじゃないのか」
 彼女が庁内で何人もの地位の高い男と関係を持っているというのは、周知の事実だった。
 何股もかけているくせに、男達と揉めず、なおかつその関係を進行形で維持している辺りはさすがだが。
 彼女には男を惹きつけて止まない魅力があるのだろう。肉体関係になっている相手以外にも、密かにジゼットに好意を寄せている者は多いと聞く。
 だからと言って誉められたことじゃない、とコールは思う。
「人に自慢できるような事じゃないっていうのは自覚してるわ」
 ジゼットは宙を仰ぐ。
「でも、アタシは、自分の欲求に素直なだけ。男と寝て自分が昇格できるなら、一石二鳥よ」
 悪びれもせずあけすけにそう述べるジゼットに、最早何かを反論する気にはなれなかった。
 そうだった。この女はこういう女なのだ。今頃思い出した。
「せいぜい寝首をかかれないようにしろよ」
 効果の薄い反撃をしてみる。言われっぱなしでは、少々癪だ。
「あら、そうなったら私の実力不足って事ね」
 あっけらかんと言い放って、再びコールに向き直る。
「で、その女王様、遅いわね」
 ジゼットがそう呟いた時だった。
 空間を流れて行く微風。かすかな振動。
「あ、お出ましよ」
 空間の中程にキラキラと光の粒子が舞う。
 それが徐々に強い風に煽られるように上空へと巻き上がって行く。
 刹那、風が凪ぐ。
「モナセムに引継ぎを済ませる(おしつける)のに手間取った。遅れてすまない」
 姿を現すと同時に、開口一番の謝罪。
 部下に対しては概ね横柄な態度だが、だからと言って自分の否を認めぬ女ではない。
 そこの所も、コールがこの上司を好ましく思う部分だ。
 そんな彼が崇拝してやまない魔女の出で立ちは、相変わらず派手だった。こちらもジゼット同様この場にはに相応しくない。
 光沢のある紫紺のドレス。すらりと伸びた足が、フリルの隙間から覗いている。
 適度な大きさの胸が少しだけのぞくデコルテラインが悩ましげだ。
 二人は、フロウの近くに駆け寄る。
「ジニアス、マリアナ、急な変更で悪かったな」
 前者はコールの、後者はジゼットの姓である。
 解析研究班とはいえ、そうそう地紋や古代語、薬草などの研究があるわけではない。
 本来は巡導師なのだから、当然二人も年間を通して世界中に飛んでいる。
 二人は、当初の巡導予定期間を終えていなかったので、代役を頼んだり、同行のロードに残りを任せたりしてここに来た。
「で、様子はどうだ」
 先に口を開いたのはコール。
「ロードモリオーンが楔を打ってくれていますから、特に変化はないようです。
 正直、敵ながら見事なロジックですよ。これだけのものを創り上げるのに、相当消耗していると思うのですが」
「上手く隠してあるし、敵の目論見としては最後の贄は最初にここを見つけた者だったんでしょうね。
 地紋解析なら、まずうちの班のニ位以下から誰かですから・・・。
 ロードモリオーンが解析に当たったのは誤算だったって所かしら」
 部下双方の意見を顔色一つ変えずに黙って聞く。
 それが終わると何か考えこむような様子で、魔女は周囲を歩いて残った紋を見る。
 一通り見て回って、また二人の所に戻って口を開いた。
「マリアナ、裏で何か聞いているか」
 問われたジゼットは、こめかみに手を当てて小首を傾げる。
「今回の件にロードジルコニエは無関係って事くらいです。あの方相手じゃなかったってのが救いかしら」
 そうか、と呟いてフロウはまた考えるように黙り込んだ。
 ジゼットの情報収集能力は周知の認めるところである。彼女がそう言うのなら、間違いないのだろう。
 最も、とフロウは内心で続ける。
―――労力が同じなら、今潰しておきたい所だが。さすがに尾はなかなか見せぬか。
「解体したい所だが、いやらしい組み方をしているな。どこをいじっても乱れぬようになっている。六芒で良いなら7つも要らんのに、エギナ(始まり)がリム(羊)とは笑えぬ冗談だ」
 表情を変えぬまま、冷たい相貌で吐き捨てる。
―――陣を乱す最初(エギナ)の者は供物(リム)だとでも言いたいのか。 
 だが、フロウの真紅の瞳には、禍禍しいものが浮かんでいた。
「解体自体は無理でも、力は削いでおかねばならん。ジニアス、マリアナ、補助を頼む。
 ・・・本気でかかれ、死ぬぞ」
 空間移動で杖を呼び寄せたフロウがそれを握ったと同時に、部下二人の返事が響く。
「「了解」」




 ※諸事情により、ロードジアモンド→ロードジルコニエへと変更になりました。申し訳ございません。




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