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category翼の刻印編 第4章

4・歴史

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 結局、シェルビーを見送った後、メリィはそのまま帰ってきた。
 さすがに、悠長に授業なぞしている場合ではなかったのだ。事が事だけに。
 そしてレザンからは、当分の間授業を休講にすると告げられた。
 致し方なく、帰り際にまた図書室から本を拝借して来た。
 今度は【国史】と記載された本。
 レザンに面と向かって聞くことも出来ず、かと言ってそのまま聞かなかった事にするのは出来なかった。好奇心に負けたのだ。
 チェレッタとの約束までまだ時間がある。
 メリィは椅子に座って、年代ごとに編纂された本を開く。
 歴史は、18年前に遡る。

 
 正午に差し掛かる頃、シェルビーは執政院の廊下を食堂に向かって歩いていた。
 所属部署からの道程をほぼ半分過ぎた所で、先の方に親友の後ろ姿を見つけた。
 駆け寄って声をかけようと一歩を踏み出した所で、交差した廊下から出てきた見知った男の姿を認めて足を止めた。
 無粋な事はすまい、と。
 遠ざかって行く二人の後ろ姿を見送りながら、苦笑した。
 滲んで溶け合う二色のオーラ―――男が友に声をかけた瞬間に混ざり合った。
 愛し合う者同士によく見られる現象だ。
 シェルビーはそのまま踵を返す。
 そして、元来た道を引き返そうと振り向いたところに、また見知った顔を見つけた。
 今度は女だ。
「フロウなんかやめたら?私なら、あなたの欲求を満たしてあげられてよ」
 婀娜っぽく微笑みながら、長身の彼を見上げてその頬に指先をかける。
 長いまつげに縁取られた瞳の色はウイスタリア。ゆるいウェーブの掛かった銀髪が、背の中程まで伸びている。
 そして、身に纏った甘い香油。
「アタシ、美しいものは好きよ」
 シェルビーは触れられた指を払いもせず、眼下の女に向かって優美に微笑んだ。
「あら、だったら私達、気が合いそうね」
 嬉しそうに笑った女を冷たい瞳で見据える。
 その様子に、彼女は眼を見開いた。
「ホント、アンタって下種(げす)ね。そのオーラ、吐き気がするったら」
 言葉を紡いだ瞬間に、白い手が彼の頬をはたく。
 思い切りの良い音が、廊下に響き渡った。
 その様子に、行き交う人の視線が集中する。
「仕事が済んだなら、香薬所にお帰んなさい」
 頬を張られた事などなかったかの様に言い放った。
 女は口元をぐっと噛みこんで、そのまま彼に背を向ける。そして、小走りで去って行った。
 目線だけで見送った女のオーラは、様々な色が混ざり合って混沌としていた。
 そのやり取りを遠巻きに眺めていた衆目は、事態が収まったと見て流れ出す。
 シェルビーはため息をつき、張られた左頬に手を当てた。
「顔は命だってのに、あの女」
 


 その、温かな肌に酔いしれる。
 身につけた良い匂いの練り香水に混じる、微かな体臭。
 決して不快なのではなく、むしろそれごと愛しい。
 鈍い疼痛。せめぎ合う吐息。肌を重ねる悦びに、激情が胸を満たす。
 傍らで瞼を閉じてまどろんでいる恋人を眺めて、女は甘い笑みを刷く。
 枕に散った、太陽の光のような、橙の混じった豪奢な金髪にそっと手を伸ばす。
 不意に、彼の瞼がぱちりと開かれた。その瞳は、若葉色。
 互いの瞳が合って、笑いあう。
 そっと額を合わせて、そのまま口づけを交わした。
「フロウにプレゼントがあるんだ」
「私に?」
 男はそのまま寝台の上で半身を起こす。筋肉質ではないが、よく締まった男らしい体つきをしていた。
 フロウは掛け布を引き寄せて両脇に挟みこんでから、己もまた起き上がった。
 その素肌に、はらり、と艶やかな長い黒髪が流れ落ちた。
 彼はその様子を微笑ましく見守って、彼女が起き上がったのを確認して右手の中指に嵌めていた指輪を外した。
 そして、差し出す。
 驚きの表情を浮かべながらそれを受け取った。
 手にした指輪をまじまじと見つめる。
 台座にはまった大きな石は、血のように赤い紅だった。紅い石には、猫の瞳のように白い光が縦に一筋走っていた。
 それをたなごころで転がすと、台座の裏側には家紋の刻印―――彼の家のものだ。
「カシアス・・・これ」
「サンドライト家の男子は成人するときに同じ指輪を二つ渡されるんだ」
 カシアスが両手の中指に渡されたそれをしているのを、フロウは知っていた。
 寝台についた彼のその左手の中指にも、光を弾く紅い色彩。
「君なら聞いた事、あるだろう?この石は召還石なんだ」
 召還とは、本来呪術とは対極に位置するものだ。
 自らの呪力を触媒にし、大気元素を呼び、ロジックを組み立てて事象を発動させるのに対し、召還は次元に干渉してこの世のものではない生物を呼び寄せる。
 本来はかの地のものである存在を呼び寄せるには、それ相応の対価が必要になる。呼び寄せるものの能力が高ければ高いほど、それは大きくなる。
 通常人間が貰ってうれしいものなどは対価として値しない。
 かの地の存在が好むものは、呪者自身の呪力、細胞、血液、生命など、あまりにリスクが高いものなのだ。
 たとえそれを承知できたとしても、次元を歪める地紋を描くのは容易い事ではない。複雑なロジックを構築し、それを描く為に多量の呪力を必要とする。
 この時点で激しく消耗した呪力を、陣が開いたと同時にさらに持って行かれる。対価として吸収する呪力が不足していれば、先に記したものを圧倒的な強制力で奪って行くのだ。
 だが、その地紋を刻む事無く陣を開いて召還を行なう方法がある。
 カシアスがフロウに手渡した召還石がまさにそれだった。呪をこめるだけで簡単に陣を開いてしまうのだ。もちろん、開くだけで対価は必要なのだが。
 召還石の存在は耳にしていたものの、フロウはそれを間近に見るのは初めてだった。
「うちは元々太陽神を信仰するシャーマンの家系でね。代々家族は呪術師さ。
 自然精の召還くらいならかわいげもあるけど、大昔はどこかの王族に仕えて魔獣召還なんて事もやってたらしい。おかげで、その時代の名残でこうして召還石を持たされる」
 ばかばかしい、と言わんばかりにカシアスは笑う。
「独身の時は命が尽きるまで戦う為に二つ。大切な人が出来た時は、生きて帰る為に一つだけを持ち、もう一つはその相手に渡すってのが慣わしなんだ」
 その慣わしだけは賛成しているけどね、と彼は続けた。
 フロウは彼の真意を受け取って、胸が熱くなった。涙腺が緩くなる。
 そんな彼女の潤んだ黒い瞳を、カシアスの若葉色の瞳が覗き込む。
「うれしい・・・」
 涙をこぼしながら心底うれしそうに微笑む彼女の頭を抱きこむ。
 黒髪に顔を埋めながら、彼は苦しそうに眉根を寄せる。
「討伐隊、僕が入れれば良かったのに・・・。力不足だってのは分かってるけど、やりきれない!」
 普段は穏やかな気性の彼が、声を荒げた。
 カシアスは瞳を閉じてフロウをきつく抱きしめる。
「でも、もしそうなっていたら、待つのはつらいわ」
 暖かな温もりを感じながら、涙の乾かぬ瞳を閉じる。
「だから、お互いさまね」
 頭を預けたたくましい胸板から、力強い鼓動を感じとって胸が苦しくなった。
 誰よりも愛しい人。けれど、もしかしたらもう二度と会えないかも知れない。
 近年緊張状態にあったロアンダール皇国とニヒケッテ帝国の戦争が勃発。
 戦上手と謳われたニヒケッテ帝国は一糸乱さずに動く何十万もの兵卒を武器に、開戦間もなくロアンダールの国土の8割を陥落。
 対してロアンダールは近代科学と呪術を得意とする法治国家。軍備の質は薄い。どれだけ科学と呪力を駆使しても、人の数を頼みに間近に迫られては、武芸を知らぬ者など赤子にも等しい。
 追い詰められた鼠は暴挙に出た。
 かの地からカオスドラゴンを召還。それだけならば良かったのだが、複数の呪術師で陣を閉じてしまったのだ。契約を遂行もしくは契約主が力尽きて倒れれば、繋いだ鎖は消滅し、陣を通って還ってゆく。だが、それが出来なくなった。
 本来の契約通りニヒケッテの国土を焼き尽くし、その時点で枷の外れた魔獣はさらに近隣諸国に甚大な被害をもたらした。もちろん、ロアンダールも例外なく焦土と化した。
 緊急で現法王ディアマンテ12世及び冠位者2名が現地に飛んだ。それが、今朝の事である。その冠位者2名のうちの一人は、フロウの師レザンであった。
 現在陣を張ってドラゴンの捕縛には成功しているものの、鎖が切れた状態では3人がかりで押さえ込むだけで精一杯。返還の陣を開くのに応援が必要との伝達が入ったのが正午頃。その陣を開く役割で、フロウに白羽の矢が刺さった。
 解析研究班という部署に身を置き、入庁2年目ですでに実力で一位まで昇りつめていた。特に、古代語、紋刻、詠唱破棄に長けた自身のその能力が買われたのだ。
 まさか、自分の能力を磨きたい一心で頑張ってきた結果が、こんな所であだになろうとは思いもしなかった。
 どうせ死ぬのなら、遠く離れた戦地などではなく、カシアスの腕の中で息絶えたい。そう思う自分に、彼は充分過ぎる程の想いをくれた。
 だから、絶対に死にはしない。
「生きて帰るわ。だから、待っていて」
「フロウ、帰ってきたら結婚しよう。絶対に、死ぬなよ」
 涙を拭ってカシアスの瞳を見据える。
 そして、フロウは大きく頷いた。


 フロウは、返還紋を刻むのに苦労していた。
 冠位者全員で交代しながらカオスドラゴンを捕縛しているが、10日を過ぎて流石に全員疲労の色が隠せない。
 フロウが逸る気持ちを抱える一方で、組み立てたロジックはことごとく失敗する。
 開いた際の紋でも残されていれば良かったのだが、あいにくそれはすでに魔獣の火炎に焼き尽くされて跡形もなくなっていた。
 本来普通の火炎ごときでは消えることはない筈なのだが、呪力を喰らう存在の前にはその定義さえも崩れ去るという事なのかも知れなかった。
 何はともあれこのような事は前例がない。学生時代に貪るように読んだ召還系の書物にも、返還紋については記載がなかった。
 全くの手探り状態で、持てる知識を総動員して紋を刻むも、どれもこれも発動しない。
 もう何十個失敗したかわからないが、今出来上がったばかりの紋に呪を流し込む。
 光が刻んだ紋を流れて行く。今までに無い反応に眼を見開くが、中継地点に嵌めた古代語に差し掛かったところで発光が消えた。
「ああっ、もう!」
 ままならない悔しさに、フロウは思わず叫んだ。
「気持ちは分かるが、あせってはならん、フロウ」
 聴きなれた声に、振り向いた。
「ロードゴシェナ」
 目の前に、ロードゴシェナ―――師レザンが立っていた。
「相変わらず、独創的な因果を組むな・・・」
 レザンは今しがた発光が止まったばかりの紋の前に立って、それを上から興味深そうに覗き込んだ。
 隅々まで眺めて、レザンは内心で唸った。
 幼少時より彼女の才能は他を圧倒するものであったが、真の意味で驚かされるのはこういう部分だ。
 単に頭脳が明晰なだけの者ならば他にも何人か知っている。しかし、フロウはそれだけに収まらない。普通の人が見ている視点のその先―――到底見渡す事の出来ぬ領域を見ている。レザンは、この天才と称された愛弟子に対してそういう感覚を抱いていた。
 紋の因果の形成は、数学で言うなれば和差積商が折り重なったようなもの。
 その公式をいかに省くか、または載せるのかが呪者の腕の見せ所だ。
 だか、目線の先の因果と来たらどうだ。
「迷子を引き取りに参れ・・・か」
 レザンは肩を揺らして笑った。
 確かに、帰り道が分からなくなっているのだから、迷子と言っても差し支えはないのだろうが。
―――カオスドラゴンを迷子呼ばわりとは、恐れ入る。
「途中まで反応したのだから、些細な部分が違うのかも知れぬな」
「はい。・・・もう一度組みなおして見ます」
 頑張れ、と言い残して中空へと舞い上がって行った。
 フロウがそれを見送る為に顔をあげると、そこには捕縛されたドラゴンと、呪で形成された陣が蒼く発光していた。
 それを操るのは、数人の者達。その中には、養父の姿も混じっていた。
 老齢の義父(ちち)、フォスター=バルデアス。
 体は、大丈夫だろうか。責任感と自尊心の強い人だから、無理をしていなければ良いのだけれど。
 早く終わらせなくては、とフロウは再び因果の形成にかかった。
『ジー ダイド サヘラ ト マレリカトワ ドラン グロウク』
 呪を詠唱しながら、精霊銀の杖が光の帯を引く。
 二重円の内側に六芒星が描かれると、そこに詠唱した呪が刻印されていく。
 組みあがった紋に杖を向け、祈るような想いで呪を流し込んだ。
 外側の円は時計回りに、内側はそれとは逆方向に光が流れてゆく。
 二つの光の尾が同時に頂点へと還る頃、今度は内包された二つの正三角形が順に発光。
 一つ目の呪、゛ジー″が発光したのに眼を見張った。
「開く・・・!」
 フロウは又、杖を振った。今度は、上空に向けて。
 杖の先から、蒼くきらめく光の球が吐き出された。それは、上空で魔獣を押しとどめている者たちへの合図だった。
 ゛グロウク″の一語が発光すると同時に、開いた陣から垂直に光が伸びる。
 それは、捕縛の陣と繋がった。
 総勢10名の上空の者達は、一斉に距離を取って陣を離れた。もちろん捕縛を緩める事無く、ではあるが。
 
―――ギャァアアア

 カオスドラゴンは翼を広げて咆哮する。そのまま、地に向かって頭を下げた。
 開いた翼をゆっくりと羽ばたかせる。
 その巨大な体躯は硬い鱗に覆われ、広げた翼は翼手目の様。翼の先端と四肢に鋭い爪を持っている。体色は漆黒だった。
 魔獣は、程なくして一直線に下降し始める。
 己の役目を終えて、フロウは少し茫然自失としていた。
 その為に間近に迫るドラゴンに気付くのに遅れた。
 思いがけぬ移動速度に、見上げればもうすぐそこにドラゴンの顔。
 見開いた漆黒の瞳に映ったかの地のものは、血のように紅い瞳をしていた。
 それが、フロウを喰らわんと顎を開いている。
 明らかな殺意。身震いがするほどに恐ろしい。

―――絶対ニ、死ヌナヨ

 愛しい恋人の別れ際の声が、死ぬなと己を叱咤する。
 死なない、と約束して旅立って来たのだ。
「ぁぁあああああッ!」
 悲鳴のような声をあげながら、フロウは手にした精霊銀の杖を振りかざした。
 ざくり、と紅の瞳に突き刺さる。

―――ギャアアアアア!!!

 耳をつんざくほどの超音波。
 だが、二度目の咆哮は長く続かなかった。
 そのまま、開かれた陣の混沌の中へと、吸い込まれてゆく。
 それを確認して、フロウは力が抜けたかのようにその場にぺたりと座りこんだ。
 杖を硬く握った手が、小刻みに震える。その杖には、粘りつく赤黒い血が中程からべったりとついていた。
 早鐘のように打つ鼓動。荒い息をつきながら、空を見上げた。
 何かがおかしい。そう思いながら、眼を細める。
 二箇所に分かれて、まごついている。
 程なくして、上空の者達が誰かを抱えながら降りてきた。
 真っ先に地に足を着けたレザンが小走りに近づいてくる。
 それを確認して立ち上がった。
 いぶかしんで、レザンの硬い表情に見入る。
「フロウ、法王様がお亡くなりになった。それから・・・・お前の父、ロードライトも」
「・・・ッ!お父様」
 


 
 セルジアンゼル法国歴976年 花冠の月
 
 ロアンダール皇国、ニヒケッテ帝国、両国間に於いて開戦。
 ロアンダール、戦果芳しくなく、窮地にて黒竜を召還せし。
 黒竜、ロアンダール、ニヒケッテ、ルドルオッドの三国を火炎にて焼き払う。その被害は甚大なり。
 魔力強大にて是の暴走を止める事叶わず。
 同盟諸国の要請により、法王12世以下17名、戦地に赴く。
 黒竜捕縛から10日後、返還に成功。
 帰還時、盟約の対価として法王12世・冠者ライトの御霊を屠る。
 
 法王12世 ロズウェルト=ディアマンテ=マイヤー 逝去
 フォスター=ロードライト=バルデアス 逝去

 
 セルジアンゼル法国歴977年 石冠の月

 国内選定の結果レザン=ロードゴシェナ=スピングを次王に推挙。
 元老院是を承認し、法王13世にレザン=スピング就任。冠位をディアマンテと戴す。



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