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category第1章

3・千尋の谷(後半・1)

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 ぼんやりと浮かんでいる点ほどにしか見えない明かりを目指して、懸命に走り続けた結果、二人がアシュケナにたどり着いたのは日付が変った頃だった。
 街の外門の前でようやく降獣することが出来た時、二人はさすがに疲労の色を隠せなかった。
 ずっと立ち乗りだったメリロは、内腿が攣るような感覚に眉をしかめる。
 これでは明日は使い物にならないかもしれない。
 本来なら野宿と行きたいが、ここはやはり宿に泊まることを決めた。
「とりあえず、リッキーの父上に会いに行こうか」
 そちらを早く片付けなくては、つかれきった体を休めることもままならない。
「うん・・・」
 ようやくたどり着けたと言うのに、リッキーの声には精彩がない。
 その様子から察するに、よほど厳しい父親なのだろう。
 だが、避けて通ることはできない。
「家まで案内して」
 こっちだよ、とリッキーがライネルの手綱を引きながら、街中を歩いてゆく。
 乗って行くことが出来れば楽だが、どの街もおおむね乗獣の乗り入れは禁止されている。
 色々と挙げる事が出来るが、一番の理由は危険だからだろう。
 調教されているとはいえ中には獰猛な種もいるため、いつ野生が牙を剥いてもおかしくは無い。
 また、背の高い乗獣ならば、死角になったところに子供がいたとしても見えず、誤って踏んでしまったら命を落としかねない。
 誰かが傷ついたりすることのないよう配慮することが、持ち主の義務とされているのだ。
 夜とあって通りを行く人は少ないものの、宿屋や酒場なども営業しているせいか、完全に静まり返っているわけではない。
 街路に面したそこかしこの家からも、ほんのりとした明かりがもれている。
 歩くには不自由しない程度の明るさの中、リッキーは重い足取りで家路を進む。
 しばらく歩いていると、同じ形の家が続く一角にやってきた。
 その一角の、中心街側から進んで三軒目の前でリッキーは足を止めた。
「ここだよ」
 そういってライネルを家の前の柱につないでいる。
「メリロもとりあえずここにつないで」
 彼の言葉に従って、メリロは少し離して砂トカゲをつないだ。
「ちょっと待っててね」
 低い石の階段をひどく疲れたように三段上がり、木の扉に手をかけた。
 覚悟したように息を吸い込んで、その扉を開ける。
 扉にかけられたランプの灯りが、開くと同時に大きく揺れている。暖かい色の光が、薄闇の中で踊っている。
 家族の帰りを見越してか、家の者がかけておいたのかもしれない。
「ただいま」
 消え入りそうなリッキーの声がして、それと同時に中から声が聞こえてくる。
 その雰囲気も、内容も、離れて待機しているメリロにはよく聞き取ることは出来なかった。
 その後すぐ、リッキーが家の中から首を出し、おいでおいでと手招きしている。
 うなずいて、招き入れられた家の中に足を踏み入れた。
 部屋の中ほどにおそらくリッキーの父だろう人物が腰掛けている椅子があり、その傍らに少年が佇んでいる。
 そのままの格好では失礼かと思われたので、進まずにそこで皮の外套を脱いで左腕に抱えた。
 砂漠の強い日差しにも耐えられるよう動物の皮で作られている為、手に持てば結構な重さがある。
 抱えた重さの分だけ、より疲労感が増すように感じる。
 だがメリロは、それを表情には微塵も見せずにリッキーの父に一礼した。
「どうぞ」
 立ち上がって、前へ、と彼が示したので、メリロはそれに従った。
 意に反して、少年の父からは穏やかな印象を受けた。もちろん、表面的にしかすぎないのかもしれないが。
「うちの息子がご迷惑をおかけしたようで」
 子の頭に手を載せて、父親は静かにそういった。
「いいえ。私が道に迷っている所を、彼に助けてもらったんです」
 本当に助かりました、と続けると、彼の父は薄くわらいながら口を開く。
「・・・本当に助けになったのなら、良かったのですが。
 申し遅れましたな、リッキーの父です。エルンストと申します」
 エルンストはメリロの方に手を差し出す。
 それを握り返しながら、メリロは少し頭を下げる。
「メリロ=ラトバルクです」
 どんな頑固親父かと思いきや、予想外に紳士な様子のエルンストに内心戸惑う。
 直前のリッキーのあの落ち着きのなさに、怒鳴られるのはある程度覚悟していたと言うのに。
「リッキーの帰宅が遅くなったこと、申し訳なく思っています。
 私が無理を言ったばかりに、早く着くことができなくて・・・」
「詳しい話は明日伺います。今日はお疲れでしょう。
 客人があるなど思ってもみなかったので粗末な寝床しかご用意できないが、良ければ泊まって行って下さい」
 怒るでもなく穏やかに、そう言ってくれる。その心づかいが、ありがたい。
「ありがとうございます。助かります」
 予定外の出費に懐の寂しかったメリロは、遠慮なくその言葉に甘えることにした。
「やったー!」
 その言葉をきいたリッキーは、両手を挙げてうれしそうにはしゃいでいる。
 早く寝なさいと父親にたしなめられながら、それでも楽しそうに家の外へとかけ出して行く。
 エルンストに会釈して、メリロはリッキーの後を追った。
 外に出ると彼は、括りつけておいたライネルの手綱を嬉々としてほどいていた。
「メリロもはやく。裏に獣舎があるんだ」
 先ほどまでの疲労も憂鬱も、全て無くなったかの様にリッキーははつらつとしている。
 エルンストの態度はリッキーの中でも予想外だったに違いない。
 足取り軽く家の脇から奥のほうへと向かうリッキーについて、砂トカゲを引いて歩いてゆくと、そこには柵に囲まれた広い土地があった。
 しっかりした造りの獣舎があり、そこにはライネルがもう一頭つながれていた。
 おそらく彼の父のものだろう。
 眠りを邪魔されたのか、顔をあげてちらりとこちらに視線をなげかけたのち、また何事も無かったかのように頭を伏せた。
 リッキーは荷物や手綱を乱暴に投げおいた後、その隣に仕事を終えたもう一頭を入らせた。
 なれた手つきでつないだ後、奥手に見える井戸の方へ歩いていく。
「隣の獣舎空いてるから、そこにそいつ入れて」
 一番奥に獣舎が一つ空いていた。
 長い間使っていないのか、飼桶が片隅に伏せられて置かれている。
 メリロはそれをいったん外に出し、手綱の食みを外して荷物も背から降ろしてやる。疲れているだろう相棒を中につなぐ。
 それから、飼桶をくち元においてやった。
 タイミングよく井戸から水を汲んだリッキーが帰ってきて、そこに新鮮な水をなみなみと注いでゆく。
 待ちかねていたのか、二頭ともうまそうに口をつけた。といっても、砂トカゲには相変わらず表情がないのだが。
 口の形が飼桶に合わないらしく、水をまき散らしながら不器用な姿で飲んでいる。
 落ち着かないのか、金色の瞳がくるくると動いている。
 メリロは下ろした荷の中から、乾燥肉を取り出し、砂トカゲの飼桶の中に放り込んでやった。もう始末にする必要はないので、量を多めに入れてやる。
 残り少なくなった水を吸って徐々に大きくなってゆく。
 その桶を返して、食べやすいよう中身を出してやる。
 また、瞳がくるくると動く。程なくして、砂トカゲが食事をはじめた。
 リッキーもライネルにえさをやり終えたようだ。
「行こう。父ちゃんきっと、兄貴の部屋にメリロの寝床作ってくれてるよ」
「ああ」
 リッキーの後について、獣舎のすぐ前の扉から中に入る。
 入ってすぐの炊事場を抜けると、壁で仕切られたその先がちょうど、先ほどの居間になっている。
 そこにエルンストの姿はなく、ランプの灯は落とされていた。
 何箇所かに分けて置かれた蝋燭の灯が、たよりなげに室内を照らしている。
 街路の方の扉の前を通って左手のほうへ行くと、二階に伸びる階段とその奥には扉があった。
「こっちだよ」
 リッキーは階段を駆け上る。
 階段を上りきったところで、前からエルンストが歩いてきた。
「リッキー、リンジーの部屋に案内してさしあげなさい」
「わかった」
 リッキーが頷くと、エルンストはメリロに会釈して階下へと消えていく。程なくして近い所の扉が閉まる音が聞こえた。それに気を取られている隙にリッキーはすでに歩き出している。
 あわててその後に続いた。
 つきあたりの部屋の扉が開かれる。
「兄貴の部屋なんだけど、もう出て行っていないから自由に使っていいよ」
「出て行った?」
「うん、もう弟子入りしたからさ」
 リッキーは少し寂しそうな表情になった。
 ゆっくり休んで、と残して去ってゆく。それを横目で見送って、内から後ろ手に扉を閉めた。
 見渡すとそこは簡素な部屋だった。
 右手に木の寝台に脇机。
 寝台には渋めの色合いの染を施した、大きな織物がかけられている。
 寝床はすでに整えられていた。脇机の上には蝋燭の灯が揺れている。
 右奥の角に書き物机。その上にも、灯がつけられていた。こちらはランプだ。
 それに、木のトレイに置かれた品々。
 水差しと金物のコップが一つずつ。
 木皿の上には大きめのパンと厚めに切った燻製肉とチーズが少し。
 その他にもうれしいおまけが付いている。檸檬の蜜漬けの小皿が置かれていた。この家の主人の細やかな気配りに、いっそうの感謝の思いがこみ上げた。
 首を回すと、メリロが立っているすぐ左、ちょうど書き物机のすぐ後ろにも小さな物入れが一つ。
 部屋の中はそれらで全てだった。
 家を出る時に片付けたのか、私物のような物は何も残っていないように見受けられる。
 それでもなんとなく気が引けて、大量の荷物は床の片隅に置き、外套をその上に投げかけた。
 右の脇に差した小剣も同様にする。その鞘の部分には片翼の付いた細長い杖が描かれている。
 さらに、これまた厚めの皮の手袋もそれにかぶせる。
 それが終わると、両足を拘束している底の厚い皮のブーツを脱ぎにかかった。
 きつく縛った皮ひもを解くのに手間取る。もどかしい気持ちになりながら解ききって、ようやく素足になった。久しぶりの素足が心地良い。その感覚を楽しむ様に、弛緩したまま眼を閉じる。
 首が小さく仰け反ったのをきっかけに、無意識のまま落ちて行きそうになる思考を引き戻して脱衣を再開する。
 旅人は装備しているアイテムが多いのだ。
 ブーツの次に、左肩から右脇へ当てている皮の胸当てをはずす。
 メリロは剣士などではないので、一応の装備として心臓だけは守れる程度の物を着用している。
 剣士のように、甲冑や、胸当てでも金属製のものなどを着用していては、動きづらいだけでなくその重さだけで疲れてしまう。
 旅する所ではない。軽装備で充分なのである。それでなくても重いのだから。
 最後に残った腰のベルトをはずして荷物の塔を完成させ、メリロの脱衣はようやく終了した。
 だが折角造り上げた塔も、ベルトに付いた数個の小物入れの重みでだらしなく崩れ落ちた。
 それにかまうことなく、寝台に身を投げる。
 ほう、とため息をついて見上げると、小窓から月が見えた。半月だった。
 どこまでも広がる砂海の空に抱かれた月は、青白く光っている。瞬く星々もはっきりと見てとれる。
 それらをひとしきり眺めたあと、身を起こして窓の外を覗き込む。
 ちょうど真下に獣舎が見えた。すでに相棒も眠りについている頃だろう。
 メリロは落ち着くと、ようやく空腹を自覚した。
 このまま寝台にずっといると、折角の恩恵を無駄にしてしまいそうだ。
 眠ってしまう前にありがたくいただくとしよう。
 甘いものもある。今夜はよく眠れそうだ。


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 修正済

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