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category翼の刻印編 第4章

5・孵化

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「メリィ、どうしたの?今日元気ないよ」
 足踏み式の糸車を片手で器用に操りながら、チェレッタが問う。
 もう随分と前に刈った家畜の冬毛を、こうして二人して紡いでいる。
 刈り取られた毛を一度綺麗に洗い、芥(ごみ)を丁寧に取り除き、草木染を施してある。全て、チェレッタと彼女の母が仕上げたものだ。
「うん・・・ちょっとね」
 不慣れな糸車をぎこちない手つきで動かしながら、メリィは表情を曇らせる。
 半分は糸が所々で太さが違っているせい。残りは法王居室で聞いた会話のせい。
「何かあった?」
「ん・・・レザン先生の授業当分お休みなの。なんか、問題が起こったからって」
 さすがに、その問題の内容までは詳しく言えない。
「レザンじいちゃんも大変だね。偉い人なんだって?じいちゃん」
 チェレッタは巻かれて行く糸に眼を配りながら、メリィを見る事無く返事をした。
 その様子に、メリィは内心でほっと胸をなでおろす。
 チェレッタの言葉に、一瞬ぎょっとした。きっと、盛大に顔に出ていたことだろう。
 なんとなく、わかってはいたのだが。
「うん・・・割と」
 割と、所か一国の王だ。だが、きっと村のほとんどの者が知らないのだろう。
「折角だから、泊まりにおいでよ。いっしょに乳搾りしたり、ご飯食べたりできるよ」
 今度は糸車から眼を離して、メリィに屈託のない笑顔を向ける。
「え、いいの?うれしい」
 思っても見なかった友の申し出に、メリィは笑みを浮かべた。
 確かに、色々と心配だけれど、だからと言って自分に出来る事は何もないのだ。
 黒竜たった一体で国が3つも滅んでしまうくらいなのだから、呪を封じられた今となっては本当に何の役にもたちはしない。否、たとえ封じられていなかったとしても、やはり何の役にもたたないだろう。
 だからこそ、今己に出来る事を精一杯する。折角与えてもらったこの生活を、余す事無く享受する。敬愛する翁も、きっとそれを望んでいるだろうから。
「じゃ、あたし母さんに言ってくるね」
 いてもたってもいられない様子で、チェレッタは部屋を出て行く。
 それにただ微笑んで頷いた。
「さて、これどうしたものかしら」
 視線を糸車に戻して独り言ちる。
 友人との会話にすっかり夢中になっていたために、惰性で回し続けた糸巻きは見事なまでに大きくなっていた。今にも転がって行きそうな毛玉を見つめてため息をついた。
「私って、不器用」
 


 帰ってきたチェレッタに手伝ってもらい、どうにかこうにか゛毛玉″を゛糸″に巻きなおした頃には、陽も翳り始めていた。
 メリィは一度家に戻ってニノに外泊の許可をもらい、夜着を持って戻って来た。
 チェレッタの家族と一緒に食卓を囲む。チェレッタの父、母、祖父母、弟、少女達との総勢で7人の賑やかな食卓。この村に来てからはずっとニノと二人で食卓を囲んでいた。穏やかな老婆との食事も楽しいが、こちらも又、違う趣があって楽しかった。
「チェレッタの家族はいいね、みんな優しくて。賑やかで楽しい」
 友の部屋の寝台で、枕を抱きしめながらしみじみと述べる。
 言われた方のチェレッタはと言うと、メリィの為に運び入れられた居間の寝椅子に胡坐をかいて首をかしげている。
「そうかなぁ、父さんは厳しいし、母さんは口うるさい。キャレガは最近ナマイキで手がかかるし。じいとばあだけかなー、優しいのは。あ、賑やかなのはね、確かに当ってる」
 そう言って、楽しそうに笑っている。
 何気なく、寝椅子に置かれた枕を手にとって、ぽんぽんと軽く投げては受け止める事を繰り返す。
 普段は首の後ろからみつ編みにしている赤毛が、ふわふわと揺れている。
「そういうメリィはどうなの?家族は?」
 チェレッタの何気ない一言。けれど、メリィにとっては痛い一言。
「母と、兄が・・・でも、2年前に亡くなってしまった」
 けれど、隠す事は出来ないから。
「そうなんだ、悪い事聞いちゃった」
「いいの、お互いさまだもの」
 メリィの言葉の意味が分からず、チェレッタは怪訝な表情を浮かべる。
「野苺摘みの日、腕の事、聞いたでしょ?」
 赤毛の少女はようやく得心して、ああ、と漏らした。
「どうして亡くなったのか、聞いても良い?」
 なんとなく、いつかきっと話す、とあの日約束したことに通じているような気がする。
 チェレッタの言葉に、少女は瞳を大きく見開いて、腕の中の枕をさらに強く抱きしめる。
「話したくないなら、無理しなくて良いの」
 ためらうように泳ぐ視線に、チェレッタには少しの後悔の念がよぎる。
―――まだ、早かった。
 深呼吸するように、大きく吸い込んで吐き出した後、決意を固めたようにメリィは口を開いた。
「私が殺したのよ」
「え?!」
 耳に拾った言葉を、噛み砕く事が出来ない。今、友人は何と言ったのか。
「私、自分で呪力を上手に操る事が出来なかった。それに巻き込んでしまったの、母も・・・兄も。だから、どんなに奇麗事を並べても、やっぱり私が殺したのよ」
 痛い。痛い。痛い。痛い。イタイ―――
 眉根を寄せて、寂しそうな表情を浮かべるメリィを見て、胸が苦しくなる。
 そして、いつも儚げに笑う友人にも得心する。
 それがたとえ不可抗力だったとしても、己のせいで誰かが死んだという事実は想像を絶する痛みだろう。まして、肉親を二人も。
 チェレッタは寝椅子を降りてメリィの隣に腰掛ける。
 うつむいた友人を片腕だけで抱き寄せる。
「話してくれて、ありがとう。つらかったね。苦しかったね。あたしなんかじゃメリィの苦しさは、ほんの少ししかわかってあげられないかも知れないけど。でも、少しでも分かりたいと思うの。だから、話してくれてうれしい」
 チェレッタの言葉に、胸が熱くなる。
 そして、鼻の奥がつんとする。
「私、軽蔑されるかも知れないって思って、怖かった。チェレッタはそんな人じゃないってわかってても、それでも怖かった」
「うん」
「チェレッタ、ありがとう」
 少女達は共に涙腺を緩めながら頷く。泣き笑いを繰り返しながら、互いの距離が大きく縮まったのを感じていた。
 ようやく、゛友″から゛親友″へとその絆がより確かなものになった瞬間であった。

 
 年頃の娘の他愛も無い雑談は止まる事が無い。家の内外ですっかり人の気配が途絶えた夜半になっても、区切りをつける機会を失って喋り続けていた。
 やっと一つの話が一段落し、話題がもう尽きたという所でどちらとも無くあくびをかみ殺す。
 もう寝ようか、と言おうとして何気なく窓の外を眺めた瞳に、いつもとは違う何かを見つけた気がしてチェレッタは窓辺へと移動する。
「どうしたの?チェレッタ」
 覗き込んだ窓枠の外に、チラチラと何かが揺らぐ。
 嫌な予感がする。
「メリィ、あたし外を見てくる。何かおかしいわ」
 親友の言葉に、メリィは頷いた。
「私も一緒に行く」
 少女二人は手を取り合って、家人を起さぬよう気を使いながら、そっと家を抜け出す。
 玄関を抜け、月明かりの元暗い夜道を少し歩いたところで、その異変の正体に気が付いた。
「大変、山火事よ!!」
「皆に知らせなくちゃ!」
 少女二人は踵を返す。そのままあわてて走り出す。
 まず、家に帰ってチェレッタの家族を叩き起こした。
「父さん、山火事よ。起きて、起きてったら!!」
 チェレッタが父の肩を揺するも、なかなか起きようとしない。
 ようやく寝台の上に半身を起すも、寝ぼけ眼の焦点は定まらない。
 寝台の上で親子三人仲良く眠っていたチェレッタの両親と弟のキャレガは、娘が必死に説明して、ようやく事情を飲み込んだ。
「こうしてはいられない、村長に知らせなくては。マリーチェ、俺は近所の奴らを起して木を払いに行くから、お前は村長の所に行ってくれ。チェレッタ、キャレガと親父達を頼む。出来るだけ村の中の方へ行け。どこまで広がってるか分からんから」
 チェレッタと母マリーチェは同時に頷いた。
 両親は着の身着のままで家を出て行く。
 メリィはキャレガの手を引いて、取りあえず家の外に出た。
 チェレッタは祖父母達を起しに行く。
「メリィ姉ちゃん、僕怖いよ」
 チェレッタと歳の離れた弟のキャレガはまだ7歳。チェレッタが゛普段はナマイキ″と称しても、やはり幼心には怖かろう。
「大丈夫だよ。チェレッタも、私も、みんなついてるから」
 メリィが励ますように言うと、キャレガは小さくうんと頷いた。
 繋いだその小さな手が、強く握り返してくる。幼子の手は、メリィの手にひどく暖かかった。

 
 皆で村の中心にある高台の木の根元にたどりついた頃には、村の中は大騒ぎになっていた。
 村人たちは一様に、着の身着のままで集まってくる。子ども達は何事がおこったのか分からず、寝惚け眼をこすりながら大人に手を引かれている。ある程度の年頃の子供達は、緊迫した空気が感じられるのか不安そうな表情を浮かべて所在無げに立っていた。
 どうしてこんな事に、と村人の口々からこぼれるが、それに対して答えてくれる者は誰一人としていなかった。
 やがてそんな当たり前の事に気付いて人々が押し黙る頃、ようやく木を払いに行った男達が戻って来る。
「もう、どうする事もできん。どういう訳か、村の周りを囲むように火がきている・・・」
 そう、悲壮な表情で述べたのはジェイクだった。
 手にした農具を、力なく地に下ろす。
 それを見上げた村人達から、悲鳴にも似た呟きが一斉にあがった。
 他の男達も同様に、荒い呼吸を吐きながら、その場に座り込んだ。
 絶望感が、その場の空気を支配する。
 その光景に、メリィは両手をぎゅっと握った。
「レザン先生を呼んでくる」
 俯いて呆然としているチェレッタに呟いて、その場から脱兎のごとく駆け出す。
 村人達は唖然としながら、口々にメリィを呼ぶ。
 だが、息せき切って全速力で駆けて行くメリィの耳には、もはや届かなかった。
 歩きなれた柔らかい土を蹴る。
 早く、早く、早く。
 逸る気持ちとは裏腹に、目指す場所はなんと遠く感じるのか。
 いつもならすがすがしいほどに突き抜けて行く土の匂いも、草花の青臭さも、心地よい空気も感じない。
 大気を割くかすかな震撼だけが、己の体をなでて行く。
 横腹に鈍い痛みを感じる頃、ようやく小さな家の玄関に到着する。
 肩で大きく息をしながら、扉に手を伸ばす。
 口の中には錆の味が広がった。
 誰もいない居間を抜けて与えられた部屋に入る。
 そして、いつものように衣装戸棚の扉を開いた。
「どうして!」
 メリィの瞳には、信じられないものが映った。
 いつもなら怖いくらいの漆黒が広がっている。それなのに。
 そこには、何もおかしい所は見つけられなかったのだ―――文字通りに。
 月明かりの射す薄闇の中でも、はっきりと、衣装戸棚の仕切り板が確認できた。
 呆然とそれを凝視する。
「どうしたら良いの?・・・このままじゃ」
―――皆死んでしまう。
 ちり、と己の内側の奥底で何かが燃える。
 成す術も無く、かと言ってそのまま諦めることも出来ずに、無意味に戸棚の中に手を差し入れてみる。
 けれど、やはり手に触れたのは、ざらりとした木の感触だけだった。
 どうする事も出来ない、とういう無常な現実を手に入れる。
 暗澹たる気持ちを抱えたまま、家を出て元来た道を歩く。
 力なく運ぶ足が一歩、また一歩と進む度、メリィの胸の動悸は早くなった。
 息苦しい。
―――助けて。お願いだから、誰か助けて。
 どくり、と鼓動が大きく脈打つ。
 ちり、とまた何かが燃える。
―――守りたい。誰も死なせたくないのに・・・。
「メリィ!!」
 呆然と歩むメリィの耳に、親友の声が聞こえた。
 瞳を見開いて、駆け寄って来るチェレッタを凝視する。
「・・・ダメだった、みたいだね」
 憔悴した顔つきで肩を落とす親友を見て、己の中で何かが燃えた。
 
―――チリ・・・・チリ・・チリ

 ああ、と無意識に呟く。
「どうしたの?メリィ」
 心配した様子で覗き込んでくる大好きな朱い瞳に覚悟を決めた。
「チェレッタ、私、皆に軽蔑されたって構わないわ。あなたに嫌われても構わない」
「何を言っているの?!」
「私は守りたい。この村も、皆も、失いたくないの」
―――大好きだから。私に居場所をくれたから。
 呆然と見つめる瞳に微笑みを返した。
 そして、押しとどめようとする力に抵抗することをやめた。
 ブツリ、と何かが千切れて行く。
 その痛みに、眉根を寄せる。さらに繰り返される同じ痛み。
「あ・・ぁああああ」
 己の内側が反転するような、何かが吐き出されるような感覚が身体を支配している。
「メリィ!・・・メリィ!メリィ!」
―――痛い。痛い。痛い。イタイ。
「メリィ!」

―――バチン!

 奇妙なくらいに遠く、その破裂音は耳に届いた。確かに己の事なのに、どこか他人事のよう。
 そして、世界は一切の音を失った。
 メリィの背中から白い光が噴出する。それは、翼のように大きく広がった。
 背中に垂れていた銀髪は、光に絡めとられて一瞬で短くなる。夜着の背中部分は全て燃え尽き、腰元の白い肌があらわになった。
 その光景を、チェレッタはただただ驚愕して見ていた。
 少し離れたところにいる村人達は、あるものは立ち上がり、あるものは指差し、あるものは呆然とした表情で、それぞれメリィに視線を送る。
 焦点の定まらない眼差しで天を見据えると、少女は翼を広げてゆっくりと飛翔してゆく。
「きれい・・・」
 思わず、チェレッタの口から感嘆の声が漏れる。
 メリィは村の全体を見渡せる領域まで飛翔し、そこに留まる。
 うつろな瞳で見下ろした村は、完全に炎で包囲されていた。
―――守りたい。否
「絶対に守ってみせる!」
 獣が咆哮するように、メリィは中空で力いっぱい叫んだ。
 無音の意識の片隅に、強い意思は痛みを伴って流れて行った。
 それが、内側の深い所へと届く頃、少女の身体から光が輪になって放たれる。
 光はその輪郭を大きくしながら、村の周囲に広がった炎へとたどり着く。
 白く発光するそれは、覆いかぶさるようにして炎を取り込む。
 その、刹那。

―――ドン!

 鈍い爆発と微細な振動を伴って、天高く火柱が円柱状に持ち上がる。
 その火は、人々の目に白く映った。
 白い光が炎を食い尽くし、だんだんと下方へと収束されて消える頃、村を取り囲んでいた炎は姿を消した。それと同時に、丸い帯状に森は焼かれ、そこにあった全ての物が大地だけを残して燃え尽きていた。
 白く羽ばたいていた翼は徐々に薄く小さくなり、メリィの細い躯体は木の葉が舞い落ちるようにゆっくりと落下して行く。
 だが、着地するよりも翼が消える方が早かった。
 それを呆然と眺めていた者達は、確かな質量を伴って墜落した少女の着地音に我に帰る。
 放牧地の真ん中に落ちたメリィは、片手を巻き込むようにして、うつ伏せの状態で倒れていた。
 その背中に、月の光が燦燦と降り注ぐ。
 誰よりも早くそこに駆けつけたチェレッタの瞳が、無残な姿の親友を捉える。
「メリィ・・・」
 抱き起こそうと伸ばしたその手が、途中で固まる。
 少女の背中と両腕は、眼を逸らしたくなるほどに焼け爛れていた。
 朱茶の瞳から、涙がこぼれ落ちていった。



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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