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category翼の刻印編 第5章

1・境界線

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 夜半、レザンはシェダリカ王国の客室の寝台の上で眼を覚ました。
 霊峰ハイジュライドで見つかった召還紋の一件で、緊急で対策を打ち合わせる為に、自らこの地に赴いていた。
 国主相手に失礼がないようにとの配慮だろう、豪華な設えの客室はレザン一人にあまりに広すぎる。
 だが、そんな絢爛な装飾や調度類も、薄闇の中では一切が色を失っていた。
 老齢になってからというもの、夜毎眠りは浅い。
 その浅い眠りを割るように、微細な振動が脳裏を行過ぎた。
 遠く離れているから分かりにくいが、確かにそれは何者かが自室――法王居室に侵入した合図だった。
 執政者上層には法王不在の通知は行き届いている。もとより、本来二位以下には元老院への入館は許されない。
 それを承知で、しかもこの時間に連絡もなく自室を訪ねる者など居ない。居るとすれば、それはあからさまな不法侵入者だ。
 嫌な予感がする。
「やれやれじゃの」
 呟いて、寝台を降りる。そのまま、脇机に置かれたローブを夜着の上から被って杖を持った。目線を足元に下ろす。
 素足に借り物の室内履きだが致し方あるまい。緊急事態なのだから。
 中空に杖で光を射す。ちょんちょんと五つの点を薄闇に配置すれば、それぞれから光が伸びて星を形作った。一瞬それが瞬き、すぐに霧散する。
 レザンは自室へと飛んだ。
 帰室してすぐ様子を伺うが、物音一つしない。誰かがいるような気配もない。
 それを確認して、翁は杖を一振りする。室内には灯りが満ちた。
 サロンをぐるりと見渡すも、出かけた時と比べて別段変化は感じられない。誰かが弄った痕跡(におい)も無かった。
 注意深く室内を観察しながら、螺旋階段を登って二階へと移動する。
 上階への最後の段を踏みきった所でようやく異変を察知した。
 白壁に描かれた、二つの紋。一つは時空を歪めるもの。もう一つは空間を繋げるもの。
 後者に、゛マデラ″の一語が黒々と焼きついている―――ニノの部屋へと続く扉が封じられていた。
 常に穏やかな表情をしている翁には珍しく、眼を細めて漆黒に染められた一語を凝視しながら呟いた。
「一筋縄では行かぬ相手よ」
 レザンは再び星を描く。翁の姿はかの地を目指して消え失せた。

 
 
 ニノはその光景を見て、ようやく兄の言葉の真意を理解した。
 レザンの様に呪を詠いも杖を振るいもせず、空を飛び炎すらを焼き尽くす。
 それが異端と呼ばずして、なんと言えよう。
 放牧地の柔らかい草の上に落ちたとはいえ、どこかに怪我をしたかもしれない。
 早く側へ行ってやりたいのに、年老いた身ではそれも叶わない。
 ニノは老いさらばえた身体を叱咤して、急く心のままに歩を進めた。
 その側を、赤い毛髪が靡いて(たなびいて)行く。
 いち早く駆け寄ろうと走ってゆくチェレッタのしなやかな動きに、老婆は苦笑した。
 あっと言う間にその背中が遠ざかって行く。
 急ぎ足の最中にも、その側を村人達がカンテラを手に通りすぎてゆく。
 ニノの胸中には、長い年月を生き抜いて来た年長者としての予感が渦巻いていた。
 出来うる限り早足で来たものの、たどり着いた頃には娘二人を取り囲むように村人達の輪が出来ている。
 そして、胸に抱いた悪い予感は的中していた。
「その子が来たからこんな事がおこったんだ!」
「きっと火を着けたのはそいつだ!」
 輪の中から男達の声が飛ぶ。
 チェレッタはメリィをかばうように身を低くしながら、反発する。
「今日はうちに泊まりに来てたのよ。ずっと喋って火事になるまで起きていた。メリィは何にもしてないわ!」
「どうせ俺達には出来ないような方法で火を着けたんだろうさ。さっきやった事を見ていればわかる。普通の人間じゃない!」
 村人の怒声を受けながら、チェレッタはその声の主を睨みつける。
「普通の人間じゃないってどういう事よ。だったら、あたしだって普通じゃないわ!」
 チェレッタの反論に、男は一瞬言葉を失う。
「チェレッタは得体の知れない力なんか使わない、そいつとは違う」
 別の男の声が響く。
「そうやって、自分達とは違う所を見つけて差別するんだわ。メリィが一体何をしたって言うの?あたし達を、あたし達の村を助けてくれたのに。
 飛び立つ前にこの子はあたしに言った。皆に軽蔑されたって構わない、嫌われたって構わない。それでも皆を、ここを守りたいって、そう言ったのよ!メリィがどんな気持ちだったかも知らないで!!」
 少女の言葉に、ざわめきがやむ。静寂が薄闇を包む。
「火事がになるまでは皆仲良くしてた。メリィは、良い子だったでしょう?あたし達と何にも違わない、普通の子だわ。それなのに、急に手のひらを返したみたいに差別するなんて間違ってるわ。絶対に、間違ってる。身を挺して助けてくれたメリィを悪者呼ばわりするなんて、皆に人の心はあるの?!それでも差別するって言うのなら、あたしは許さない。許さないから!!」
 絶叫するように吐き捨てたチェレッタの瞳から、大粒の涙が零れ落ちて行く。
 俯く者、怒りと苦悩が交じり合った表情の者、肩を落として少女を凝視する者。村人達は皆一様に、困惑を浮かべたままその先の台詞を失った。
「チェレッタ、もうよい」
 人垣の後ろの方から、老爺の声がする。
 その声に、村人は一斉に振り向いた。再びその場がざわめく。
 村人達の人垣は徐々に割れ、そこからレザンが現れた。
 翁はゆったりとした足取りでチェレッタの前まで歩いてきて、屈みこんでその肩を軽く叩く。
「メリィはお前さんのその気持ちだけで充分だろうて」
「・・・レザンじい・・ちゃん」
 少女はそのまま気が抜けたように、その場に座り込んだ。
 肩を震わせてすすり泣く。
 レザンはチェレッタの顔を見てただ頷いた。
 そして、立ち上がって中空に星を描く。
『シア ウェイド サルト』
 翁が呪を詠唱すると、何処からともなく水が集まってメリィの身体を包み込む。
 そして、それは少女ごと大きな球体になって宙に浮かび上がった。
 その一連の出来事を目にした村人達から、大きなどよめきがおこる。
 レザンは振り返り、口を開く。
「まずは皆に謝らねばならんの。この度の事は全てわしに責がある。申し訳なかった」
 そう述べて、深々と頭を垂れる。
 どよめきが止み、人々の視線はレザンに集中する。
「メリィの名誉の為に言わせてもらうがの・・・この子の力は今日まで封じられておった。皆が今眼にしたような呪術は、使う事が出来なかったのじゃ」
「しかし・・・その子は空を飛んだ。不思議な力を使った・・・」
「そう簡単には解けぬ封印を施しておったのじゃ。だからこそ、無理やり封を解いたこの子はこうして傷を負った。己が身を火炎にさらして熱傷を負って、そうまでしてこの子に何の得があるというのかの」
「では一体何の為に、誰がこの村を・・・」
 男のその問いに、レザンは一拍置く。ため息を零して口を開いた。
「誰がやったのかはまだ分からぬ。じゃが、何の為にかは大方目星はついておる。
 ・・・わしに対する嫌がらせ・・・もしくは騒ぎを起してわしを国から遠ざけるため」
「レザンじい、あんたの言う事の意味が理解出来ない」
 人垣の中から、男に向かってしわがれた声がかかる。
「シルズ、レザン殿は王なのだ」
 衆目の視線は、その声の主に流れる。
「長老?」
 布を裂くように、人の群れが割れた。
 そこから、腰の曲がった老爺が杖をつきながら歩いてくる。
 そして、レザンの前に立って頭を下げた。
「レザン殿、この度の顛末、私の力で収める事が出来ずに申し訳ない。だが、どうかお察し願いたい」
「いや、こちらこそ無理を申してすまなんだ」
 翁二人のその会話を、人々は呆然と眺める。
 状況が飲み込めぬ村人達を代表するかのように、シルズと呼ばれた男は口を開いた。
「長老、どういう事です?」
「お前達の中にも、疫病で苦しんで助けてもらった者がおるだろう?レザン殿が巡導師だという事を知っておる者も少なくない筈。巡導師とはセルジアンゼルという国の内政従事者の事をいう。この方は、そのセルジアンゼル法国の国王なのだ」
 ざわり、と驚きの声がそこかしこから漏れる。
「この度の事は、あなたの立場を知る誰かが、あなたを害する為にしでかした事、という意味合いに受け取ってよろしいか?」
「うむ。まさにその通りじゃ、長老」
 長老は頷いて、カンテラを翳しながら中空に浮かぶ球体を見上げた。
 膝を抱えるような状態で、メリィは水に抱かれている。
 少女が呼吸するたび、鼻から気泡が浮かび上がっては弾けて消えて行く。
 夜着の裾や、短くなった銀髪が球体の中で揺れているのも見て取れる。
 その体に負った、痛々しい傷も。
「今は皆混乱しております。冷静に考えることも出来ませぬ故・・・」
 奥歯に物が挟まったような口調で言葉を紡ぐ長老に、レザンは手を上げて先の言葉を制した。
「みなまで聞かずとも分かる。メリィは連れ帰る。それに、森も出来る限り癒しておくゆえ安心召され」
 レザンのその言葉を聞いて、チェレッタは勢いよく立ち上がった。
 そのまま、レザンのローブの袖を引く。切羽詰った様子で翁の顔を覗き込む。
「レザンじいちゃん、メリィはどうなってしまうの?あたし達は、もう会えないの?」
 少女のその様子に、レザンは柔らかな笑みを零す。
「この傷が癒えるまでは療養せねばならぬが、元気になったら、きっと会えるようにわしがなんとかするでな、それまで待っとってくれぬかの?」
 穏やかにそう述べる翁に、少女は静かに頷いて手を離した。
 目元の涙を拭って中空に浮かぶ親友を見上げた。
「メリィ、ありがとう。早く元気になってね」
 もちろん、意識のない親友には聞こえていないだろう。
 だが、それでもチェレッタはそう言いたかった。
 少女の労いの言葉は、鼻声だった。



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