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category翼の刻印編 第5章

3・想い

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 カラリ、カラリ、カラリ。
 紡ぐものなど無い糸車が、寂しげに回る。
 ふかふかとした毛の束は、遠の昔に縒り合わされて糸になってしまっていた。
 それでも、焦点の合わない瞳で呆然としながら、足だけは器用にカタカタと踏み板を鳴らす。
 普段なら考えられない娘のその様子に、母はただ苦笑して、暖かい茶を差し出した。
 朝からずっと、我が子はこの調子だ。
「元気をお出しよ、チェレッタ。あんたが落ち込んでいたって始まりゃしない」
「母さん・・・」
 不安げな色を滲ませながら、差し出された木のコップを受け取る。
 うっすらと白い湯気がのぼるそれに、息を吹きかける。唇をつけて、そっと一口。
 山で採れた薬草を乾燥させて煎ったお茶を、家畜の乳と一緒に煮出して蜜を入れた母特製の甘いお茶。
 ほっこりとした暖かさが、悶々とした心に染みる。
 気落ちした娘の胸の内はいかばかりかと、マリーチェは対面の椅子に腰を下ろす。
「ねぇ、母さん」
「何だい?」
「母さんも、メリィは普通の人間じゃないと思う?」
「どうだろうね・・・稀な力を持っている事は確かなんだろうけど。
 でも、お前の言う通り、悪い子じゃなかったね。それだけは分かる」
 母の言葉に、うんと頷いて、また茶をすする。
「あたし、ロリーと一緒にいる時は、劣等感ばかり抱いてた」
 ロリーとは、チェレッタと同い年の幼馴染の少女。誰からも好かれる優しい性格で、勉強も出来た。優等生だった彼女は、2年前に麓の学校へ行く為に村を離れてしまった。
 寮があるからと、通学に不便なこの村を出たのだ。手紙が来ていたのは最初の数ヶ月だけで、この一年は音沙汰も無い。
「チェレッタ、私がやってあげるわって、何でも手伝ってくれたけど、でも本当は、それがたまらなく嫌な時もあったの」
 片手じゃ大変でしょ、と荷物を全部一人で持ってくれたり、家畜にやる重い飼い葉を捌いてくれたり、高い枝に生っている木の実を採ってくれたりと、あれこれと世話を焼いてくれたけれど、本当は、自分一人じゃ何も出来ないと言われているような気がして辛かったのだ。
 確かに、本当に助けが必要な時はあり難かったし、彼女は純粋に助けてやろうと思っての事だったのだから、それを悪く言う事は出来ない。
 だが、だからこそ、余計に劣等感は増すばかりだった。
 ロリーはそんな己の想いはわからないだろう。麓の学校へ行く為に村を出て行くのだと聞いた時、寂しかったのはもちろんだが、内心ほっとしたのも事実だった。
「そうかい。・・・何となく、分かっていたんだけどね、母さんも」
 五体満足に産んでやれなかった事への負い目を、ずっと、考えまい、普通の子と同じように隔てなく、と思って育てて来た。だからこそ、娘の吐露した胸の内を聞くと、心が鷲掴みにされたように痛む。
 寂しげな微笑を浮かべながら、愛しい娘の表を見つめる。
「でもね、あの子はね・・・メリィは違ったの。あたしの事をちゃんと見て、助けが欲しい時は何も言わずに手伝ってくれて、あたしが出来る事は、それ私にも教えてって。
 何でもない事かもしれないけど、でもあたし、すごくうれしかった」
 そんな何気ない毎日が、とても心地よかったのだ。
 哀しい表情で、しみじみと語るその様子にようやくマリーチェは納得した。
 娘は、温厚だが頑固な一面を持っている。しかし、それを他人に押し付けた事はこれまでに一度も無かった。にもかかわらず、激昂して村人に食って掛かる。
 彼女がメリィに今までにないほどの執着を見せるのは、自分との親近感からだけなのではないのかと疑っていた。
 だが、チェレッタの言葉に、その疑念がいかにおろかだったかを思い知る。
 それと同時に、ありがたい、と心から思った。
 あるがままを受け止め、ただの一人の人間として娘を受け入れてもらっていたのだと、初めて分かった。
 少女が村にやってきてからというもの、雨降り以外の日には毎日、楽しそうに出かけていた娘。彼女が日々を溌剌(はつらつ)と過ごしている姿は、マリーチェをこの上なく幸せな気持ちにさせてくれた。
 もう何年も、そんな様子を見ていなかったから。
「何にも心配しなくて良いさ。誰が何て言ったって、母さんはチェレッタの味方なんだから。お前が信じる事を、母さんも信じるよ」
「うん。ありがと、母さん」
 安堵したように、ようやく心から笑ったチェレッタに、母は包み込むような笑みを浮かべた。
 そろそろ決着をつけなければ―――マリーチェは心の中で呟いた。



 日々は慌しく過ぎ行く。
 スピング村での騒動から三日。やっとメリィを普通の寝台に移したものの、彼女は未だ目覚めては居なかった。
 フロウは、政務に関する報告をする為に法王居室を訪れていた。
「緊急特令を発令しておきました。本日中に認定者のほぼ全員が帰国するでしょう」
 特別の事情が無い限りは、認定者全員に帰国せよとの通達を出しておいた。
 この先に起こる事が予測できないため、最悪の事態に備えてのことである。
「同盟各国との調整はどうかの?」
「どこも、自国内の揉め事を自国で収めるなら特に問題はない、との見解です。
 うちなら飛び火する可能性も少ないので、どうでも良いんでしょう」
 周りは全部海ですし、とフロウは続けた。
「そうか・・・まぁ、その方がいっそやりやすいわい」
 当たり前といえば当たり前の反応だが、ひとこと言っておくのとそうでないのとでは、後々の外交に大きな差が出る。
 造反で竜など召還して、万一それに巻き込まれるような事になったらどう責任を取るのだと申し立てられるより、勝手にやってよ自国の事なんだからと言われる方がよほど気楽だ。
 最も、万一この状態で国が壊滅状態に陥ったとしても、支援すら期待できないが。
「国庫に備蓄された穀物でどれくらい凌げるかのう・・・。焼き払われんように結界を厚うせねば・・・」
「では、開戦と同時に結界を。一位の者で海岸線を、それ以外で避難所及び国庫という事でよろしいですか?」
「うむ。ああ、船舶の入港停止の連絡もせねば」
 そちらはもう済ませました、と相変わらずの様子で返される。
 そして、一拍の沈黙。
 必要事項の全てを連絡し終えたと見えて、フロウはそのまま一礼して去って行く。
 その後ろ姿に、問いかける。
「メリィの顔を見て行かんでよいのか。今朝やっと床に移したんじゃが」
 師のその言葉に一瞬立ち止まり、頭だけが少し振り返る。
「やめておきます。目覚めたら送ってやって下さい。家の者に連絡しておきますから」
 すみません、と零して部屋を出て行った。
 そんな弟子の様子に呆れながら、呟く。
「素直じゃないのう」

 
 目覚めると、そこは見覚えのない場所だった。
 だが、それが間違いだと気付くのに時間はかからなかった。
 仰向けの首を横へ傾けると、そこには丸い空間が開けていた。部屋の中央には螺旋階段が見える。そう、ここは法王居室の2階だ。
 階下から小さな話し声が聞こえて来るが、生憎とそれが誰なのかは判別できない。
 開いた瞼が重い。思考する事さえひどく億劫だ。
 何故こんな所に居るのかと考えてみても、意識は朦朧としてまとまらない。
 手も足も体も、己の全てが何者かによって下方へと引かれているような感覚に、その疑問さえも消えて行く。
 もう、いいか、と諦めて眼を閉じかけた所に、誰かの足音が聴こえてくる。
 螺旋階段の踏み板が、カンカンと規則正しく音を立てる。
 何も考えず、ぼんやりとそちらを見ていると、レザンの白い頭が徐々に見えてきた。
 寝台近くまでやってきた翁は、メリィの顔を見下ろして柔和な笑みを浮かべた。
「起きとったのか。喋れるかの?」
 その言葉に口を開こうとするが、粘りつく口腔は上手く音を奏でてはくれなかった。
 レザンはあわててくぐもった声を制する。
「ああ、無理をせずとも良いでな。喉乾いとらんかの?」
 師の問いに、喉の奥が張り付くような気持ち悪さを自覚して頷いた。
 老爺は少女の身体を起すのを手伝って、その背中にありったけの枕やクッションを詰め込んだ。
 起き上がる時も、身体を綿塊に預ける時にも、ひりつく様な痛みが背中を襲って、思わず息を呑む。
 痛みをこらえながらゆっくりと身体を沈めて、ようやく落ち着いた。
 その様子を黙って見届けて、レザンは脇机の上の吸い飲みに手を伸ばす。
「痛み止めを強うせねば・・・熱もまだ高いのう」
 誰に言うでもなく独り言ちて、手にしたそれを乾いた唇にあてがう。
 されるがままに二口三口と飲んで、息をついた。
「申し訳ありません」
 かすれた声でどうにかそれだけを告げる。
 やはり、思考は定まらず、身体はふわふわと揺らいで覚束ない。
「何を謝る必要がある。お前さんには感謝してもしきれぬよ。わしの故郷を守ってくれてありがとう」
 その台詞に、やっと思い出した。村は火事にならずに済んだのだ。
「良かった・・・」
 それだけで、もう充分だった。ゆっくりと、瞳を閉じる。
「チェレッタがの、元気になったらまた会いたいと言っておった」
 思わず眼を見開いた。その、刹那。
 ほろり、ほろりと頬を撫でては落ち行く雫が、シーツに染みを作る。
 今までの短い人生の中で出来た2番目の友達。そして、同性では初めての友達。
 彼女の事を信じたかった。けれど、最後まで信じ切れなかった自分がいた。それでも、失いたくなかった。
 そんな自分に、また会いたいと言ってくれた赤毛の少女。
 その、快活な笑顔が浮かぶ。
「友の為にも、早う元気にならなくてはの。さあ、そろそろお休み」
 目元を拭いながら、すんと鼻を鳴らす。
 そして、促されるままに、起き上がるときと同じ苦労をして床についた。
 柔らかな寝台に沈んでゆくその脳裏に、そういえば師の寝台を占領してしまっているな、などと掠めたが、それは一瞬の事でしかなかった。
 レザンは、眠りに落ちてゆく少女の顔を穏やかな表情で眺める。
 眼に映るその両頬はこけて、血色はあまりに悪い。
 無理やりに封印を解いたばかりに、容赦なく身体を傷つけていた。外側の火傷は勿論、翼骨の内側の部分までもがズタズタだった。
 呪力の循環機能は切断され、巡ることが出来なくなった呪気が体内で自家中毒を起している。それは、生物の生命機能において心臓を失う事に等しい。
 苦労して細い気道を繋いだが、おそらく、もう二度と呪は使えまい。
 背中の傷跡もまた、生涯消えることは無いだろう。
 それでも、絶望的な気持ちにはならなかった。
 失ったものは大きいが、得たものもまた大きいはずだ。
 メリィはきっとこの事を糧にして強くなる。きっと、乗り越えられる。己はそう、信じている。

 しばらく少女の寝顔に見入って、そろそろ階下へ行こうかと思い立った矢先、訪問者の気配を感じ取った。
「はて、報告なら終わったはずだがの」
 通常ならば、報告事項に関係する冠位者が各々で尋ねてくるのだが、今回は緊急事態という事もあって、その役目はすべてフロウに一任されていた。
 それは、この事態の采配をフロウがしているという事なのではなく、単に彼女が厄介ごとを押し付けられただけに過ぎない。
 冠位者達は今頃、己が取り仕切っている政務関連の調整に頭を悩ませているだろう。
 そんな最中、この上まだ、事細かに状況を報告する役目までは負いたくないという保身が、若い――あくまで、元老院の中だけでだが――者にやらせておけばいいという結果に繋がったのだ。
 いつものように1階に下りて訪問者を待つ。
 程なくして現れたのは、先日怪我を負ったままこの部屋を後にした男―――シェルビーだった。
 彼は緊迫した表情を浮かべて一礼した。
「領土内上空、高空域に陣が現れました。召還紋です。ドラゴンが来襲します」



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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