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category翼の刻印編 第5章

4・際会

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 予測してはいたが、いざ襲来を告げられると、もうその時が来てしまったのかと心が急く。
 足早に部屋を出て行くシェルビーの背中を眺めて思う。
 過酷な一日になる、と。
 レザンは踏ん切りをつけるかのように大きなため息を一つ零して、身を翻した。
 少々可哀想だが眠りについたばかりのメリィを起さなくてはならない。
 この部屋は、もはや安全な場所ではなくなってしまった。
 上階へと移動して、寝台に沈み込んだ少女を揺り起こす。
「メリィ、起きてくれんかの」
 眠りの深淵の中に居たメリィは、翁の度重なる呼びかけでようやく眼を開いた。
「・・・せん・・せい?」
 何事が起こったのかと、まだはっきりとしない視界の中の師を見つめる。
 戸惑う様子の生徒を、先ほどと同じようにして半身を起させる。
「体がつらいだろうが、堪忍じゃ。これから戦になる。お前さんは避難所に行きなさい」
 にわかには信じ難い言葉を反芻する。
 戦?どこの国と。
 レザンは脇机の引き出しから、透明の液体の入った小瓶を取り出した。
「これをお飲み」
 差し出された小瓶を受け取って、まじとそれを見る。
「一時的に精気を養う薬じゃ。副作用もあるが、今はそうも言うておられぬで」
 矢継ぎ早の言葉を整理しようと試みるが、ぼやけた頭がそれを拒む。
 致し方なく、老爺の言葉に頷いて瓶の中身を呷った。
 喉を通って行くそれに、派手に咳き込む。とてつもなく、苦い。
 幾度となく咳をしてやっと落ち着いた頃、体の内側が暖かく湧き上がるような感覚に気が付く。
 目を瞬いた。澱のように沈殿して行きそうな体が軽い。
 霞掛かっていた意識は冬晴れの日の空のように冴え渡っていた。
「身体は楽になったかの?」
「はい」
「この薬の効果は一時的なものじゃ。故に、避難所についたら無理をしてはならぬ」
「あの・・・」
 いつもと同じように穏やかなレザンの瞳を覗く。
「どうしたかの」
「戦って・・・どこの国と」
 翁は困ったような表情で少し笑った。
「造反じゃよ。相手はこの国の者・・・。わしの不徳の致すところだの。面目ない」
 ぞうはん、と確認するように声に出して、少女はただ頷いた。
 レザンの台詞に、返す言葉が見つからなかった。
「さあ、これを着て」
 いつの間にか、師は白いローブを手にしていた。
 それは、メリィが初めてここを訪れた時に来ていたものだった。
 手触りの良いそれを受け取って、夜着の上から被る。
 寝台の横に揃えて置かれた靴に、素足を滑り込ませて立ち上がった。
 皮の中敷がつま先にぺとり、と張り付いてどうも落ち着かない。
「用意はいいかの?」
「はい、先生」
「元老院の門の前まで飛ばすでな、悪いがそこから養成所まで歩いてもらわねばならん。そこがこの辺りの避難所になっておるでな。
 もう結界ができとるだろうで、中まで飛ばすのは骨が折れるゆえ。そこまでで堪忍しておくれ。隣の建物だでな」
 心から済まなそうに謝るレザンに、メリィは勢いよく首を振った。
 こんなにも迷惑をかけ、面倒をみてもらい、あまつさえこのような緊急事態。本来ならば、己の足で歩いていかなくてはならないものを。
「自分で行けますから・・・」
 少女の気遣いをうれしく思いながら、レザンは否と頭を動かす。
「本当に今は無理をしてはならぬ。お前さんはそれくらい弱っておるのだから。
 たまにはわしに花持たせてくれんかの」 
 おどけたような表情で己を覗き込んでくる老爺の顔に笑った。
 また気を使わせてしまった、と後悔しながら。
「はい。では、お願いします」
 メリィ言葉にうむと頷いて、杖を手にした。
 その先端を、星の形に導いて光を射す。
 形成された無を二分するように、ゆったりと杖は振り下ろされた。
 少女の身体は、次元の間(はざま)に解けて(ほどけて)行った。

 両足が大地の感触を捉えるのに時は幾許も掛からなかった。
 随分と前に見たような気がする大きな門扉を見上げた。
 ここを自分の足で通り抜けたのは、ほんの一月ほど前のことだというのに。
 閉ざされた門の向こう側の王を想う。どうかご無事で、と。
 メリィはレザンに言われた通り、避難所になっている養成所を目指して歩き始めた。
 隣といえども、そこまでは少し距離がある。広大な元老院の石塀が真っ直ぐに続いている。
 歩めども微細にしか変わらぬ景色に、改めて敷地の大きさを感じた。
 やがて、ようやく塀の切れ目に差し掛かった頃、左方から急ぎ足で歩いてくる男女に出くわした。
 女の方と視線が合って、思わず硬直する。
「あんた・・・メリィじゃないか!」
 でっぷりと太った女の、責めるような甲高い声音が響く。
「生きてたんだねぇ・・・。ほら、家が燃えちまっただろ?あれでうちも燃えてねぇ。
 だけど、なんとかっていう女の偉いさんが、中央に家を用意してくれたから、あたしらもこうして越してきたのさ。商売するには丁度良かったしね」
 黙ったままでいるのに、女の言葉は霰のように降る。
 この女は、火事をおこしたあの日まで隣人だったのだ。名前は何と言うのだったか。
「そうかい、あんた巡導師になったんだねぇ。そうだよねぇ、あんな力は、やっぱりお国の為に使わなきゃ」
 少女の全身を舐めるように見て、皮肉な笑みを浮かべた。
 視線を逸らしてやり過ごせたらどんなに良いか。だが、そんな事が出来るはずもなく、メリィは蚊の鳴くような声で
「はい」
 とだけ搾り出した。
「ねぇ・・・」
 女は口を開きながら、少女の背後の空を指差す。
 メリィはいぶかしんで、後ろを振り返って宙を見上げた。
 眼(まなこ)をいっぱいに開く。
 そこに浮かんでいるのは、見紛う事無き異形。
「あの化け物も、あんたが退治してくれんだろ?」
「私は・・・」
 何と言えば良いのだろう。思わず少女は苦悶の表情を滲ませる。
 言いかけた言葉を否定の意味に受け取ったのか、女の表情が瞬時に険しくなった。
「何だいあんた!それでも巡導師なのかい?!あんたはあたしらを守る義務があるんじゃないのかい!結局あんたはどこまで行っても化け物だ。この、火憑き!!」
 あらん限りの罵詈雑言。
 女に浴びせられる一言一言が、己の柔らかな核に傷を生む。
 痛い。眉根を寄せたその時。
「もうよさないか!マルガリッテ」
 女を制したのは、一連の会話を何も言わずに見ていた男だった。
「こんな子供に無茶を言うな。ここで話していても危ないだけだ。お前は早く避難所へ行け!」
 有無を言わさぬ口調で、マルガリッテに言い放つ。
 それを信じられないものでも見るかのように睨みつけて、口を開きかける。だが、結局は何も言わぬまま、女は大きな尻を左右に振りながらその場を後にした。
 男は疲れたようにそれを見送って、女の姿が見えなくなったのを確認してから振り返った。
「すまん。あいつは不安なんだ」
 姿を見たのは数度。その時も、一切声を聞いた事は無かった。寡黙な男の声を、初めてメリィは耳にした。
「散々あんたを化け物と罵っておきながら、こんな時だけ助けろだなんて、恥知らずも良い所だ。あいつが汚い言葉であんたを傷つけた事が、許されるとは思わねぇ。ずっと見て見ぬふりしてきた俺も同罪だ。だけど、それでも許してやって欲しい。妻の分は、俺が謝るから」
 頭を下げながら、すまなかったと呟いて、そのまま身を翻して走り去って行く。
 言葉を返す事も出来なかった。
 呆然とその光景に見入って、立ち尽くした。
 ずっと、受け入れてはもらえぬこの身に絶望していた。
 ずっと、受け入れようとせぬ人々を恨んでいた。
 投げかけられる言葉の暴力に、苦しんできたのは事実だった。
 けれど、男の言葉に、そのわだかまりが解けて行く。
「良い人もきっといる・・・」
 無意識に零れ出たその言葉に、手を握った。
 そのまま、決意を固めて踵を返す。
 メリィは走り出した。
 無力な自分に、何が出来るわけでもない。それでも、何かをしなければ後悔が残るような気がした。
 翠の村よりもずっと硬い大地を踏みつけて、持てる力を懸命に出して駆ける。
 すぐに顎が上がる。けれど、そんな事に構いはしない。
 戻りついた門前の階段をそのまま駆け上がって、喘ぐように荒い呼吸を繰り返す。
 門番二人が近寄ってきて、不振な表情を浮かべる。
 息を整えてから見返した顔は、どちらも見覚えがなかった。
「何用だ!」
「法王様にお目通り願いたく・・・」
「お前もロードなら知っていよう。ここは一位以上の者しか通せぬ」
「しかし・・・」
 問答無用の様相で言い放つ門番には取り付く島も無い。
 どうにかせねば、と思考をめぐらせて、思い出した。
 ローブの内ポケットに手を差し入れた。その手に紙の感触が触れて、安堵する。
 門番にそれを差し出して口を開いた。
「入館証です。何とかなりませんか」
 法王自筆の入館証に、門番二人は困惑する。
「だが・・・」
 屈強そうな男二人で顔をつき合わせているが、結論を出しかねている様子だった。
 このような時に勝手な判断をして何かあれば、責任問題になると考えるのも無理も無い事かも知れない。
 だが、中空に現れし魔獣に、メリィの焦りは募る。
 苛立ちを抱えて門番の結論を待っていると、背後から男の声が届く。
「どうかしたのかい」
 段数の少ない階段を踏む音が聞こえた。
 その気配に振り返る。
 少しだけ見下ろす形になった男のその相貌に驚愕した。

 ―――兄さま!!



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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