FC2ブログ
categoryスポンサー広告

スポンサーサイト

trackback--  comment--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
category翼の刻印編 第6章

1・責任

trackback--  comment--
 かちり、と嵌りあった互いの視線に、直感的な確信を抱く。
 だが、それをどう言葉にすれば良いというのか。
 大きく見開いた瞳に瞼をかぶせて、そっと視線を逸らした。瞬きをするような自然さを精一杯気取って。
「あなたは・・・」
 戸惑うように訪ねる門番に、最上段までたどり着いた男は腰元から一振りの短刀を引き抜いて差し出した。
 その刀身に刻印された翼は飛び立つように左右に広がる。そして、両翼の中心に抱かれたペンタグラム。
 それが、彼のこの国での地位を現していた。
 巡導師は、養成所に入学、あるいは一位以上認定者の弟子になることで六位仮認定を受ける。その時点で呪の籠められた短刀を手渡され、地位が上がるとともにその絵柄が少しずつ変えられてゆく。
 六位本認定時にその紋章は片翼から両翼になり、それ以降は五本の直線からなるペンタグラムの軌跡が一つ増えるごとに地位が上がって行く。
 男の差し出した短刀に描かれたそれは、過不足なく星を描いていた。
 よって、彼は認定巡導師第一位に座するもの。
「私はカシアス=サンドライト。緊急特例に従ってただ今帰国した。仔細を知るべく執政印に参じたがロードベニトアはこちらとうかがい来院した次第」
 男の身分と用件を確認して、門番二人は畏まったように敬礼する。
 そのまま、二人がかりで片側だけ門扉を開く。
 大仰な鉄柵が、大気を震わせて鳴いた。
 お通り下さい、と門番二人は寄せ合った身体を左右に分かつ。
 それをちら、と見やって、カシアスと名乗った男はさらに口を開いた。
「この子も通してやってもらえないか。見たところ貴重な入館証を持っているようだし」
 その言葉に驚いて、男の横顔を振り返った。
 隣り合う彼の背は高く、見上げる形になったその表情は射影に阻まれてうかがい知ることが出来ない。
「私が責任を取るから」
 高位者にそう言われては、否と述べよう筈も無い。
 体格の良い男二人は安堵したような表情で頷いた。
 これで厄介な相手から開放される、と言外に表している。
 その様子を特に気に留めるつもりも無い。
 先を行く男に、さあ、と促されるままその後についてゆく。
 咲き誇る庭園を行く道すがら、メリィは男の後ろ姿に見入って歩を進める。
 無造作に革紐で纏められたその頭髪は、兄クロサイトと同じ色をした豪奢な金髪だった。一瞬だけ覗いた瞳は、やはり若葉色。
 在りし日の兄と比べ、目前の男は確かに青年と言うほどに若くはないが、それでも、クロサイトが年を取ったらこのような感じだろうか、と思うほどに二人は似ている。
 だが、そんなはずはない、とその思いを打ち消す。
 他人の空似という事もあるのだから。
 そう考えては見るものの、己の抱いた直感が、すんなりと否定する事を許してくれない。
 眼が合った瞬間に彼もまた驚いたような表情をした。それが、己の思いを否定しきれぬ一因になっている事も確かだった。
 互いに物言わぬまま歩く。整然と並べられた石畳に、足音が和音となって響く。
 見渡す限りの花の群れから放たれる甘い芳香が、庭園の空気を染め抜いていた。まるで、内側の醜悪さを見せかけの美しさで隠すかのように。
 少し距離をとって先を行く男から、天(そら)へと視線を流す。
 抜けるような青の中に走る禍々しき煌めき。
 血のような赤に眉根を寄せた。

―――なんて、不吉な色・・・。

 再び視線を戻して、また、男の背中を見つめた。
 言葉を交わさずに歩くのは少し気詰まりな気もするが、かといって何を言えば良いのかも分からぬまま歩数だけを稼ぐ。
 そうしているうちに、いつもと変わらぬ扉が見えてきて、メリィはほんの少し胸を撫で下ろした。
 こういう場合のちょっとした変化は、それだけで気が楽になる。その先の長い廊下を思えば気休めにしか過ぎないが、何もないよりはいい。
 歩幅が違うのか、先にたどり着いた男―――確か、カシアス、と言ったか―――が、扉を引いた。そして、それを開いたまま中に入る様子も見せずに立ち止まった。
 彼の行動を不思議に思いながら何気なく眺める。
 数歩進んでから自分を待ってくれているのだと分かって、慌てて駆け出した。
 抜けざまに小さく頭を下げて、薄闇に入り込む。
 意外に紳士な様子の男に戸惑いながら、今度は並んだまま歩き出した。
 俯きがちに廊下の目地を眼で追いながら、また陰鬱とした気持ちで歩く。
「君の名前は?」
 不意にかけられた問いに、思考が一瞬停止する。
 再び耳にしたカシアスの声は、心地よく響く低音だった。
 勢いよく顔を前に戻し、しどろもどろになりながら慌てて小さく返す。
「は・・・えと、あの、メリィ=ラトバルクです」
 それだけを紡いで、また俯いた。
 たまらなく、恥ずかしい。きっと、鏡があれば茹るように赤い己の顔を見ることができただろう。
 熱を帯びる頬を感じながら、更に下を向いた。
 お陰で、隣を歩く男のかすかな変化すら感じ取ることが出来ない。
「そう・・・良い、名前だね」
 彼はそれだけを静かに述べた。
 本来なら、ここで‘ありがとうございます’とか、‘それほどでは’などと返すべきだったのかもしれない。そうすれば話も弾んだのかも知れないが、ついいつもの調子でそれを失念していた。
 結局先を繋げる機会を見失って、人との対話が不得手な自分を恨めしく思いながら口を噤んだ。折角、社交辞令であるにせよ良い名前だと褒めてくれたのに。
 穴倉にこだまする二人の足音を聞きながら、メリィは情けない気持ちを抱え込んだ。
 しばらくそのまま進んで少女の頬が白に戻る頃、右手を歩く男が立ち止まった。
 それに気付いて、メリィも足を止めて振り返る。
 何事かと見やった視線の先には、二人とは別にもう一人の男が立っていた。
 俯いて歩いていたので見過ごしたのだ。
 扉の前で仁王立ちしているその姿は、先程通ってきた門の前の者達と似た匂いをかもしだしている。
「ここに、ロードベニトアがいらしていると聞いてきたのだが」
 カシアスの言葉に、男は硬い表情を崩す事無く口を開いた。
「今はお会いになれません。中で陣を組まれている最中です」
「そうか・・・分かった」
 気落ちする風でもなくそう返して、頷いた。
 手短なやり取りを終えた彼は、無駄のない所作でメリィを振り返った。
「君は法王様の所に行くのだったね。私も一緒に行ってかまわないかい?」
 漠然と二人のやり取りを眺めていたメリィを、若葉色の瞳が覗き込む。
 我に返って眼を見開いた。
 驚いた表情を浮かべたまま、少女は両手を軽く握って
「はい」
 と漏らした。
 切なくなるほどの優しい笑みを浮かべながら、男の唇が動く。
「良かった。さぁ、行こうか」
 瞳に映したカシアスの顔に、頷く事さえ忘れた。
 先に歩き出す彼に半歩遅れる形でついて行く。
 呼吸することも忘れてしまいそうなその衝撃に、泣きたくなった。
 運命はあまりに突然で。
 感情の細波(さざなみ)に揺られたまま、気がつけばすでに法王居室の扉の前だった。
 男の背中に激突しなかった事にほっとして、彼の手が扉を叩くのを見ていた。
 すぐに声が返ってくる。
 扉越しの小さな声だが、それは紛う事無く耳慣れた法王のものだった。
 ひょっとしてもうここには居ないかもしれない、と心配していたのだが。
 扉を開いて中に入って行くカシアスに続いて己も倣おうとした瞬間、彼の驚愕したような声が耳に届いた。
「フロウ!・・・ウィック・・・」
 かすれてゆくような語尾を聞き取ってそれを怪訝に思いながら、一歩を踏み込んで後ろ手に扉を引いた。
 立ち尽くす男の脇から身を乗り出して様子を窺うと、そこには青白い顔をした師が倒れていた。シェルビーの膝を借りてかろうじて意識を保っているようだが、繰り返す荒い呼吸の中に喘鳴音が混じる。
「カシアス・・・」
 その声は、他の誰でもなく、フロウの口から紡がれた。
「久しいの、カシアス。じゃが、挨拶しておる場合ではないのでな」
 翁はそう断って、手にした杖を動かした。
『ヤイナ カテルト エトレルト』
 青白い光が筋となって現れて、フロウの中へと吸い込まれて行く。
 それが消える頃、明らかに彼女の呼吸は小さくなり、ひゅーひゅーという音はなりを潜めた。
 顔色は青白いままだが、耐えるようにして寄せられていた眉間の皺はなくなっていた。
 幾分か楽になったのだろう。
「折角訪ねてくれたのに生憎じゃが、わしゃもう出ねばならぬでな。悪いが、この二人を診てやってくれんかの?呪力使いきっとるのでな」
 友人に会いに出かけるような気安さで何事もないように述べるレザンに、カシアスはぎこちない表情で頷いた。
「わかりました」
「お前さんが来てくれて助かったわい。頼むぞ、カシアス」
 すれ違いざまに、彼の肩をぽんと叩く。
 穏やかな表情で扉に向かうレザンの視線がメリィを捉える。
「こりゃメリィ。お前さんは身体を厭うてやらねばならぬというに・・・しょうがないのう」
 呆れたように言う老爺に首をすくめた。
「申し訳ありません・・・・」
「ま、皆おるで大丈夫じゃろう。上の寝台に横になるのじゃぞ」
 念押しするようにそう述べてから、顔をわずかに振り返らせて、幾分か声を張る。
「そこの二人もじゃ!」
 さて、と小さく呟いて、メリィの横に来る。
 扉を開くレザンに場所を譲って、取っ手にかけられた皺だらけの甲を見つめた。
 胸に去来する物悲しさに、両手を握り、唇を噛んだ。
 決意を胸にこうしてここに来ても、何も出来ない自分がいる。
 あと一歩で出て行く、という法王の後ろ姿に声をかけた。
「先生、私に戦えと言わないのですか」
 少女の言葉に、翁は振り向かなかった。
「お前さんはもう充分に戦った。ここで戦えと言うは、王としての責任を果たさぬと同義。それだけはあってはならぬ」
 静かにそう述べたレザンは、鈍色の中へと足を踏み入れた。
 少女が見つめるその先で、扉は世界を隔てていった。



 前へ次へ
 

〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。