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category翼の刻印編 第6章

2・何ゆえに、誰がために

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 ひどい胸騒ぎがする。
 もう、ここには戻らぬ覚悟をして出て行ったような気がして。
 精一杯の言葉も、レザンを留まらせることは叶わなかった。
 何も出来ない事は最初からわかっていた。
 だからこそ、そんな無力な自分に腹が立つ。
 人とふれあうことの喜びを、学ぶ事の楽しさを、人生に向き合う事の意義を―――それ以外にもたくさんの事を教えてもらった。
 敬愛してやまない、穏やかで暖かな二人目の師。
「まだ、教えてもらいたい事がいっぱいあるんです・・・せんせい」
 吐息のようにもらして、扉の引き手を握った。
 そこに、厳しい指摘が突き刺さる。
「お前が行っても何もできん。足手まといになるだけだ、メリィ」
 いつものように冷静で、底冷えのするような低温の声音に思わずかっとなる。
 手を離して振り返った。
「そんな事は百も承知しています!」
 いつも感情を荒げる事の無い少女の変わりように、その場の者達は思わず息を呑む。
「わかっているんです・・・でも、理屈じゃない。そんな風に割り切れれば、こんなに苦しんだりしない」
 搾り出すように吐露して、俯いた。そして、身にまとったローブを握りこむ。柔らかな白い布地にいくつもの線が走る。
 シェルビーに寄りかかっていたフロウは、彼の肩に手を置いて力を込めた。
 それに慌てて、彼が手を差し出す。
 カシアスもまた、近寄って彼女を支えようとするが、フロウは二人の手助けを振り払った。
「ちょっと、フロウ」
 たしなめるようなシェルビーの言葉を無視して、ゆっくりと立ち上がる。
 カシアスの不安げな視線がそれを追う。
 フロウは今にも崩れそうな足取りで歩きだした。
 彼女の様子をとらえた少女の眼に、血色の抜けきった顔は凄絶なほどに青白かった。
 メリィの前で立ち止まり、真紅の瞳が弟子を見据える。その表は、怖いくらいの無表情だった。
 瞳に、白い手の残像が映ったのは刹那でしかなかった。
 頬を張る鈍い音が室内にこだまする。
 左右非対称の瞳を見開いて、刻まれた痛みを訴える左頬に手を当てた。
 師弟の様子を見守っていた二人は、驚いた表情を浮かべて絶句している。
「誰も割り切ってなどいないんだ!」
「では、このまま指をくわえて見ていろとおっしゃるんですか!」
 これは八つ当たりだ、という自覚はある。けれど、己が内に抱えた苛立ちや怒りは、ようやく見つけた出口からあふれて止まらない。
 思えば、フロウにこうして反発することも初めてだった。
「私にはそんな事出来ません!」
「ではどうすればいい。私達二人とてこの始末なんだぞ」
 そして、叫ぶように吐き捨てる師もまた、初めてだった。いつも冷静で隙のない彼女の取り乱す様子など想像もしなかったというのに。
 立っている事もやっとだったのだろう、気力を使いきったのか、一瞬ふわりと黒髪が宙を舞って崩れてゆく。
 危ない、と手を伸ばしかけた所で、フロウの身体はカシアスの両腕の中に納まった。
 彼の機転に胸を撫で下ろしながら、苦いため息をつく。
 沈黙が広がった。
 答えることなど、出来はしない。答えなど、ありはしない。
 それがわかっているのに、収まらない怒りと苦しみがメリィの心を焼くように渦巻いていた。

―――何か出来る事はないの・・・あの時みたいに・・・

「私に力を貸して、オルドラン!あなたは聴こえているでしょう、私の内(なか)にいるんだから!!」
 苦し紛れにしか過ぎなかったのかもしれない。
 無心で求めた叫びが届くなど、欠片ほども思わなかったものを。
 そこに起こった明らかに異常な光景に、皆一様に眼を見張った。
 血のように紅い蛍火が、部屋一杯に満たされてゆく。深々と降る雪のように。
 それが部屋の奥一箇所に集まって、人の形を成して行く。
「にい・・さま・・」
 メリィの口から無意識に零れ出た言葉どおり、そこに姿を現したのは、クロサイトそのものだった。だが、僅かに差異がある。
 兄の姿をした者を包み込む、禍々しいほどの紅い気と、同じ色に染まった瞳と。
『何故我を呼ぶ』
 紡がれた声もまた、記憶の中にある兄のもの。だが、それを声と言えるのだろうか。
 それは音として運ばれたのではなく、頭の中に直接響いた。
「また助けて欲しいの。スピング村の時のように、あなたの力を貸して欲しい」
 少女の切なる願いに、その何者かはおぞましい程の笑みを刷いた。
 およそ、人の見せる表情には遠い。
『愚かなりや娘。村を救うたは、お前という器を守るため』
「たとえそうだったのだとしても・・・お願いだから、助けて」
『本当に、お前という人間は勝手だな。お前のその言い草、先程の女と何処が違う』
 その言葉にはっとした。
 少女を化け物と蔑みながら、掌を返したように助けを求めたかつての隣人。
 それに矛盾を感じなかったと言えば嘘になる。
 身の内に巣食った力を否定し、自ら化け物と蔑み、向き合う事すら拒絶してきた。
 それなのに、こんな時だけ助けを請う。
 そうだ、自分は、あの隣人と何一つ変わらない。
「本当に・・・何て私は愚かなの」
 己の馬鹿さ加減に吐き気がする。
 それでも、ここで引く訳には行かなかった。
「今更だけど、馬鹿な自分が心底憎いわ。あなたの言う事はもっともだと思う。
 ・・・・けれど、やっぱり助けて欲しいの。あなたの力が必要なの」
 心からの想いを口にして、昏い(くらい)光を宿した血色の瞳をじっと見つめた。
 もう、自らの犯した愚かな過ちから眼を逸らしたりはしない。
『何ゆえに力を求める。英雄にでもなりたいか。誉れの光を身に浴びたいか』
 寂寞(せきばく)の中に染みる声を受け止めながら、視線を外さずに頭(かぶり)を振った。
「私はもう、後悔したくないの。兄さまの想いも・・・そして、母さまの苦しみも、何一つ向き合わないまま亡くしてしまった」
 生きているからこそ、想いも、苦しみも、哀しみも分かち合う事が出来るのだと、亡くしてみて初めて知った。
 もう二度と、大切な人を失いたくはなかった。
『誰がために戦う。軽佻浮薄な正義感で命を賭すか。お前の己が命とは、それほどまでに軽んずるものか』
 鋭い痛みを伴って、その言葉の一つ一つが身の内を抉る。
 それでも、拒絶する事は出来なかった。何故なら、それはきっとけりをつけねばならぬ事だから。
 無理やりに眼を逸らしてしまえば、一切が意義を失う。
「私は、自分のために戦う。私は、大事な人達と一緒に生きて行きたいの。皆が守ってくれた命だから、粗末にしちゃいけないのはわかってる。それでも、私には皆が生きてないと意味がないの。英雄になんてなりたくない。誰からも誉めてもらえなくて良い。そんなもの、いらない」
『共に在りたいと願うか。だが、真実価値のある者達なのか、お前には判るまい』
「そんな事ない!」
 縋り付くように言い放ったメリィを、見下げるようにして笑う。今度は、厭わしい声を発しながら。
『では視るがよい、刹那の記憶(ゆめ)を』
 戸惑いながら見返したその顔には、愉快気に歪んだ眼。
 怪しげな色を点した瞳は、底知れぬ程に閉ざされていた。
『・・・丁度役者も揃っている』




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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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