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category翼の刻印編 第6章

3・オセロ(前編)

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 中央で大きな人事異動があったばかりだが、頭が挿げ替えられても日々の生活は変わりなく過ぎて行く。
 いつものように、香薬所から執政院にあるロード統括課への薬品の納入を終えそこを後にして、院内の見慣れた廊下を歩きながら、ふと、楽しい事が思い浮かんだ。あれこれと苦労したけれど、ようやく手に入れた恋人に会いに行こう、と。
 恋は、ゲームのようだと思う。その気にさせるまでが大変だが、落ちる瞬間の快感はなにものにもかえがたい。
 今回は特に、胸のすくような想いだった。憎い女の恋人を奪ってやったのだから。
 おまけに、彼は由緒正しい家柄の御曹司。ロードとしての将来も嘱望され、なおかつ容姿端麗で性格も申し分なかった。本当に、これ以上はないという程の相手。
 香薬所の同僚からは嫉妬と羨望の入り混じった声援を受けた。たまらなく気分が良い。
 恋人の所属する福祉課の入り口に着くと、そっと中の様子を窺う。
 ロード達はおおむね、巡導と内政業務を兼務している場合が多いので、常に人は出払っていて部署内に残る者は少ない。事実、覗き込んだその部屋の中には意中の者しか居なかった。
 薄く笑いながら、部屋の中に踏み込む。そのまま、彼の背中に声を掛けた。
「仕事、はかどってる?」
 不意に、驚いた様子の顔が振り返る。
「アレクシス・・・どうしたの?こんな所に」
 困惑した表情を浮かべながら問う彼に、艶やかな笑みを返す。
「いつもの納品の帰りなの。・・・恋人に会いに来ちゃいけなかったかしら?カシアス」
「そんな事はないけど・・・」
 戸惑ったように語尾を濁すカシアスに、訳も無く苛立ちが募る。
 真面目な彼のこと、仕事中に私用は控えるべきだとでも言いたいのだろうか。
「ここに来たのが私じゃなくて、フロウだったらもっと喜んだのかしら・・・ね?」
 優しい彼が困る事と知りながら、そんな言葉がするり、と口から零れ出る。
「そんな事・・・!」
 慌てて席を立った拍子に、机の上のコップがバランスを崩す。
 中身が、広げた書類の上を滑って行く。
 その瞬間を見ていたアレクシスは、とっさに近寄って自らのハンカチでそれを押さえる。
 もう残り僅かだったのだろう、彼女の機転のお陰で思ったよりも広がらずに済んだ被害に胸を撫で下ろした。丁寧に拭われた書類にうっすらと茶色い染みが残ったが、それだけで済んで御の字だ。
「ありがとう。・・・ハンカチ、汚してしまってすまない」
 お茶と滲んだインクを吸って奇妙な斑模様に汚れたハンカチを手に、カシアスを見上げて首を振る。
「いいのよ、これくらい。元はと言えば、私が悪いんだから。ちょっとだけ、あなたを困らせて見たかっただけなの。こんな事になるなんて思わなかったから」
 叱られた子供のようにしゅんとして、アレクシスは瞳を少し潤ませた。
 その様子に、カシアスはまた慌てる。
「あ・・・いや、僕も悪いんだ。こちらこそ、すまない」
 彼の言葉に、アレクシスは内心でほくそえむ。勿論、表情に出すようなへまはしない。
 カシアスの行動が手に取るように予測できて、面白い。
 なんて、単純な男なのだろう。
「私、もう行くわね。仕事の邪魔しちゃったわね。本当に、ごめんなさい」
 しおらしい態度を演じながら、踵を返した。
「アレクシス」
 それを、彼が制する。
 その声を受けて振り返ると、カシアスが手を差し出していた。
「ハンカチ、洗って返すよ。そのままじゃ僕の気が済まないから」
 使用人の居るような大きな屋敷に住んでいる彼の事、どうせ洗うのは本人ではないだろうが、たとえそうだったとしても悪い気はしない。
 否、ひょっとしたらカシアス自身が洗うかも知れない。何せ、そういう事をしても不思議ではない男だから。
 どちらにせよ、頑なに固辞するのはあまり上手い方法とは言えない。こういう場合は素直に甘えておくほうが得策、と判断して、いかにも済まなそうな表情を作ってそれを手渡した。
「では、お言葉に甘えておくわ」
「うん。じゃ、気を付けて」
 見送ってくれる彼の視線を感じながら、アレクシスは急ぎ足でその場を去った。こみ上げてくる笑いを、悟られまいと思いながら。


 
 黒竜の返還からおよそ三ヶ月、日々は瞬く間に過ぎていった。
 前法王と父の葬儀が国をあげて執り行われ、息つく暇もなく新法王―――師レザンの即位。それに伴って大規模な人事異動があった。
 自身に至っては、父亡き後の全てを相続する事になった。文字通り、バルデアス家の当主としての資産、地位はもちろんの事、ロードライトの冠位までもである。
 一位認定者と言えど、たかだか入庁2年目の小娘。大きな反発と異論が巻き起こったが、新王として即位したレザンは強硬な姿勢を貫いてフロウに冠位を与え、元老院の一翼に据えた。
 フロウは元老院での戴冠式を先ほど終え、ようやく執政院の中庭まで帰ってきていた。
 この度の昇進で受け持ち部署が増えたが、まずは古巣の解析研究班に顔を出しておこうと最短距離を選んだ所で声がかかった。
「痩せたんじゃないの、フロウ」
 耳慣れた声に振り向くと、そこにはシェルビーの姿があった。
 相変わらずの様子で、ふわり、と笑む。と同時に眉根を寄せた。
「何よ、その気味の悪いシロモノは」
 隙のない美貌を歪めて、一点を凝視している。彼のその様子に、思わず苦笑する。
 他の誰が気付かなくても、やはり彼だけには隠せない。嫌な色のオーラでも放っているのだろう。
 フロウは観念して、ローブの内側からてのひらに収まるほどの紅い球体を取り出した。
「三ヶ月前の厄災の残り火よ。状態が不安定だから片時も手放せないの」
 その球の正体は、カオスドラゴンの血液だった。
 返還寸前で襲われそうになったとき、抵抗して闇雲に振り下ろした杖にこびりついていたもの。
 あの後杖を拭ってみたものの、血の染み込んだ布は燃え尽きるようにして消滅してしまった。残された杖は芯の部分まで侵食されてすかすかになり、使い物にならなくなっていた。素材が精霊銀でなければ、フロウ自身も危なかったかもしれない。
 どんな材質の容器に収めてみても侵食して溶かしてしまうから、結局は次元の歪みを七層発生させ、その状態で包んで何とか安定させてある。あまりに危険すぎ、簡単に捨てる事が出来ないでいた。
 説明し終えた彼女が、また内側に仕舞いこむその様子を眺めながら、シェルビーは感慨深そうに呟く。
「竜の血・・・ねぇ。その大きさでこれだけの禍々しさ。本体が想像できるわね」
 渋い表情を浮かべた後、真顔に戻ってフロウの黒い瞳を覗き込む。
「で、アタシに何かもう一つ言う事があるんじゃないの?」
 その言葉に、また、諦めたように微笑む。
―――本当に、何でもお見通しね。
「カシアスとは別れたわ」
「別れたぁ?!」
 驚愕しながら怪訝な表情を浮かべた彼は、そのまま、ちょっとこっち来なさい、と彼女の手を引く。
 フロウを木の根元に置かれた長椅子に座らせて、己もその隣に腰掛ける。
「どういう事よ、アンタ妊娠してんじゃないのよ」
 そう言って、シェルビーはフロウの下腹部に眼をやる。
 蛍火のような淡い緑のオーラの中に、別の光が混じっている。純白の光を放って、二層の状態にくっきりと分かれていた。
「お願い、誰にも言わないで」
 哀願するように、シェルビーの表を見つめる。
「誰にも言わないでって・・・カシアスにはちゃんと話したの?」
 その問いに、フロウは無言で首を振る。艶やかな黒髪が、サラサラと揺れる。
「で、どうしたいの。産むの?産まないの?」
「産むつもり」
 小さく吐き出して、俯いた。膝の上に置いた左手の親指に嵌った、紅い色を弾く指輪を見つめる。別れ話のショックから、うっかり返しそびれたもの。
「経済的には問題ないだろうけど、どうするの?戴冠したばかりなのに」
 親友の問いかけに、ぐうの音も出ぬ様子で押し黙る。
 シェルビーの問いかけにはそれなりの理由がある。それは、出産の為に休職せねばならぬなどという、簡単な事柄ではない。
 何故そうなるのかは解明されていないが、女性の呪術師――巡導師に限らず、呪力を持つもの――の多くは、妊娠出産を終えると、著しく呪力を消失する傾向にあった。
 個人によって程度の差はあれど、出産を希望するならば、まず間違いなく冠位は返却しなければならないだろう。この事実が、この国の政治中枢を男性社会化する原因でもあった。
「冠位は・・・いいの。それは仕方が無いから。でも、カシアスにだけは絶対に知られたくないの」
「別れたって言ったって、父親はカシアスなんでしょ?意地張ってないで縒りを戻したら?」
「それは出来ない。・・・彼、アレクシスと結婚するって」
「なんですって?!」
 はぁ、と大きくため息をついて、シェルビーは利き手で額を押さえた。
「あの男は・・・何考えてんのよ」
 呆れた様子で怒りをあらわにする友に向かって口を開く。
「彼、サルーバセタへの常駐移動願いを出しているらしいの。あと数ヶ月内緒にしててくれたらいいの。お願い!!」
 困惑する己に向かって、必死に手を合わせて懇願するフロウを見ながら、どうしたものかと逡巡する。
 サルーバセタ地方―――先だって黒竜に凄惨に焼き尽くされた土地である。三大国家として名を馳せていた国がことごとく滅び、流通、経済、医療など、ありとあらゆるものが麻痺していると聞く。近隣の小部族だけでは自力復興すら危ぶまれている状況。住民生活が潤滑に巡るようになるまで最低でも十年は掛かるだろう。
 少しでも復興の手助けがしたいと常駐移動を申請するあたりがいかにも彼らしいが、だからこそ、その行為に合点が行かない。
 誠実で真面目な彼が、何故。
 申請が通ればおそらく十年は戻るまい。フロウの言う通り、この数ヶ月さえ隠しきれれば、確かにカシアスに知られる事はないだろう。だが、それにしても。
「アンタはそれで良いかもしれないけどね、産まれてくる子には何て説明するつもり?
 自分だけの問題だと思っちゃダメ。とにかく、もっとよく考えなさい」
 わかったわね、と念押しして立ち上がった。
 そのまま、立ち去って行く親友の陰を俯いたまま眼で追う。
 長く伸びる陰が途切れて、葉の隙間から刺す光が足元に濃淡を生んだ。
 意味もなく立ち上がって、友の姿を探す。呼び止めたとて、何を伝えるでもないくせに。
 出入り口の階段を下りて行こうとする後ろ姿を捉えて、走り出した。
 シェルビーが最下段を踏み切った所を、ちょうど見下ろす形になった。引きとめようと口を開きかけたその瞬間。
 背中を、何者かに押される。
 たたらを踏み、両手で空を漕ぐようにもがきながら踏ん張るが、それも虚しく体が宙に浮く。さ迷った手に、思いがけず硬い何かが触れて力いっぱい握り締める。それが、唐突に解けてゆくのを感じた。
 手にした何かが尾を引きながら、それごとフロウは投げ出される。
 突然の事に何の対処も出来ぬまま、下を向いたまま落下した。大地の硬い衝撃が身体の前面に広がってゆく。したたかに腹を打ちつけ、身体を折り曲げて腹を抱きこむ。
 そこに居たシェルビーが、驚いて彼女の元に駆け寄る。
「ちょっと、フロウ!しっかりして!」
 眉間を寄せて覗き込んでくる彼の顔を見上げたその時。
 内腿を伝う生暖かいものを感じ取った。
「う・・・・」
 顔を見られまいと手を翳した所で、握り締めたそれが何かを知る―――ヘキサグラムの形をしたペンダントだった。
 その理不尽さに、こらえようのない憎悪が噴出した。

―――私が一体何をしたと言うの!

『オン ロード』
 手元にない杖の代わりに呪を詠う。
 そして、フロウは姿を消した。
 消えゆくその最中に、はっきりとみえた、涙。そして、憎悪の色。
 取り残されたシェルビーは、あまりの出来事に途方にくれた。
「フロウ、どこに行ったのよ・・・」

―――絶対に、許さない!!



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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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