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category翼の刻印編 第6章

5・足跡

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「参ったぞ、サヴァキス。わしに用かの?」
 レザンは変わり果てた男を見つめる。竜の背にしがみつく様にして騎乗するその姿は、あまりにも病的だった。妄執的ともいえるほど。
 どろり、と向けられた視線。落ち窪んだ眼窩の中の瞳は、煙霧に染まっていた。
「待ちわびた・・・法王よ」
 全ての虚無を身内に取り込んだかのように、サヴァキスの声は静やかだった。
「お前さんは、どこへ向かおうとしているのかの」
 翁の言葉に、ふ、と少しだけ笑う。
「俺の行き着く先は、無だ。手を伸ばせばすぐそこまで来ている死線を越えれば、俺は俺である全てから解き放たれる。虚無の褥(しとね)に眠れば、とこしえに安らかでいられる」
 疲れたように吐き出す男の相貌を見つめながら、レザンは眉根を寄せた。
 彼が、あまりにも哀れでならなかった。
「もったいない事じゃ。お前さんのように若く、才能ある者が何ゆえ」
「俺にはなかったんだろうよ、運命(さだめ)を越えて行く才能が」
 自嘲気味に笑う。そして、咳きこむ。赤黒い血が、不精髭の残る幽鬼のような肌の上を滑ってゆく。
 かすかな血の匂いを感じたのか、異端の紅い瞳が空を彷徨う。
「法王よ・・・人生とは一体何だ」
 サヴァキスの言葉に、レザンは黙りこんで顎鬚に手をやる。
 風が、それぞれの身体を撫でつけて行く。
「わしにも分らん。だが、死するまでその答えを求める事こそが、人生なのかも知れぬ」
「そうか・・・あんたでも分らんか」
 呟くように返したあと、また、数度咳き込む。口元にあてた手の袖口に移ってゆく吐血。
「わしではお前さんの闇は払えぬか、サヴァキスよ」
「無理だな。この世にはもうおらぬ、そんな者は」
「もう?」
「ああ・・・」
 サヴァキスのその言葉に、老爺は眼を見開く。
 確か、退官した彼の父が三カ月前に亡くなったのだったか。ここ数年は病のせいで満足に動くことも出来なかったと聞き及んでいる。
「シュトルレムは、立派な男であったの」
 シュトルレム=オンドワール―――サヴァキスの実父であり、退官時の位は一位。病で倒れさえしなければ、確実に元老院入りを果たしていたであろう人物。
「立派・・・か。だが、俺はそんな父が疎ましくてならなかった」
「子の多くは概ね一度はそんな時があるのう。親という存在に逆らって見とうなる」
「そうだな・・・」
 男は薄く笑いながら上空を振り仰ぐ。まるで、亡き父がそこにあるかのように。
「あの人は、よく言っていた。拾い子のバルデアスにできるなら、お前にできぬ筈はないと。天から与えられた才は、人によって違うというのに」
「バルデアスを冠位者に据えたわしへの恨みかの・・・此度(こたび)の事は」
 その台詞に、サヴァキスは声をあげて笑う。しばらく楽しそうに笑ったあと、呻くように咳き込んだ。乱雑に口元を腕で拭って、一呼吸つく。
「俺もそこまで阿呆ではない。バルデアスを妬んだ所でどうしようもない事ぐらいわかっている。まぁ、あの女を好ましいとも思えんが。今更その事であんたに復讐を考えるエネルギーがあるなら、俺は這いずってでも生きる道を選んださ」
「では、何故じゃ」
「・・・突然、歩けなくなった。その時初めて解ったのさ。考える事を放棄して、ただあの人の言うままに歩いていたという事が」
 フロウ=バルデアスとは入学年度が同じだった。年齢は確か彼女の方が三つほど下だったか。
 ロード養成所という所は、一般教養を教える学校とは異なって学年というものが存在しない。出来の良い者は早く卒業するし、そこそこの才能のものはそれなりに頑張って卒業する。そうでないものは適当に見切りをつけて辞めて行くか、目指す場所を変更する―――例えば、薬学と呪力制御だけを特化させて、香薬師になる場合などがそれだ。要は、素質はあっても卒業できない―――ロードになれない者も数多くいるのだ。
 そういう環境下にあって、彼女の存在は異質であった。とにかく、履修単位の‘ゼダ’の取得がことごとく早い。それも担当教授が舌を巻くほどにだ。特に、養成所で教育を受けた者ならば、ほぼ十人が十人とも取得に苦労した、又は簡単ではなかったと答えるであろう細胞構成学ですら、入学後わずか半年で修了させてしまった。通常二年はかかる代物を。
 そんな天才の名を欲しいままにしている女と比べて、何故同じようにできないのだと問われても、こればかりは中身が違うのだと言う他ない。
 血統を何よりも重んじる父にとって、良家の子女達ではなく、出自を辿れば元は孤児である彼女に、息子が後れを取る事は許せなかったのだ。
 自分なりに頑張って、恥じる事のない成績を修めても、一度も褒めてはもらえなかった。
 そして、大きく水をあけられた己に更に追い討ちを掛けたのは、入庁後二年というあまりに短い期間で彼女が戴冠してしまった事だった。
 不出来なやつよと日毎に苦言を呈する父に反発しながらも、結局は窮屈な鋳型に嵌められて、言われるままに歩いてきた自分。
 そして、内側から膿んできていることに気付かずに齢(よわい)を重ね、三月まえに父が他界した。
 正直ほっとしたのだ、最初は。だが、葬儀を終え、それに関する所用を済ませてようやく一息ついてみれば、そこには中身のない器だけが残っていた。否、中身は入っていたが、どうしようもないほどに腐ってしまっていた。それが、自分だ。
「それに気がついたのなら、そこから己が思うままに歩いてみたら良かったのではないかの?」
「そうかもしれん。だが、そう簡単に生き方を変えられる程、俺に掛けられた呪縛は弱くなかったのだ」
 己の方向が定まらぬまま、そんな自分に苛立ちを抱えたまま公務をこなす砂を噛むような日々。
 そこに、バルデアスの弟子が訪ねてきた。しかも、地門を開いて飛んできたと言う。
 少女に纏わりつく曰くの数々は耳にしてはいたが、養成所で学んでいる者でさえ苦心する技をやってのけたと聞いて背筋が凍りついた。
 目の前の者に怒りを吐き出すようにぞんざいな扱いをした所に、間が悪く師であるバルデアスまでもがやってきた。
 そして彼女は言ったのだ。仕事が嫌ならば移動を提言してやる、と。その時点で、閑職への人事異動が決定したのは確実だった。バルデアスは、そういう女だから。
 己よりも若年である筈の女のその高圧的な言動に、箍が外れた。そこからはただこの日の為に、生きる糧の全てを費やした。愚かだと感じながらも、楽しくて仕方がなかった。
「つくづく、人を育てる事は難しいの。水を与えすぎても育たぬ、少なすぎても育たぬ」
 レザンはそう述べて、痩せ衰えた男を穏やかな表情で見つめた。
 はたして、シュトルレムの過剰な期待は、与えすぎた水であったのか、それとも少なすぎたそれであったのか。
「俺は、この世界に幕を引きたい。呪縛が満ちたこの世界に」
 彼のその言葉に、白い眉を顰めて奥歯を噛んだ。
 男の心を塗り込めた闇は、なんと深い事だろう。それは、彼の父によって掛けられた、親心という呪縛。
「お前さんの言いたい事はよく分かった。賛同しかねるが、理解はできる。
 じゃが、わしの郷里・・・否、ラトバルクまで巻き込む事はなかったろうに」
「才とは、天が与えたものだ。たとえそれが、忌むべき力だとしても。俺からみれば、あんたも、バルデアスも、あの小娘も皆紙一重だ。元老院の乾物どもにはわからんだろうがな。生かしておけば、いずれ俺に仇をなす。そう思ったからやったにすぎん」
 サヴァキスは何かおかしいことでもあるのかと、両手を広げておどけてみせた。
 レザンは、彼の望んでいる事はあまりに幼稚で自己中心的だが、言わんとしている事は本質的に的を射ていると感じた。
 突出した才能は、得てして尊ばれるか疎まれるかのどちらかだ。まさに、紙一重と言っていい。生まれながらに与えられたものならば、それがたとえ人に疎まれる力でも、才能というのかも知れない。
「下らぬ茶番はここまでにしようじゃないか、法王。そろそろ決着をつけよう。
 もちろん結末は分かっている。天は俺に味方せぬからな。世の理(ことわり)というヤツだ」
 暗に己は負けると言っておきながら、酷く楽しそうな彼の様子に、翁は小さな吐息をもらした。
―――やらねばならぬか。
「しようのないやつじゃ、お前さんは」
 いたずらを仕出かした孫を叱るような口調で、男を窘める。
 レザンの言葉に、サヴァキスが粘りつくような狂気じみた笑いを浮かべたのが合図だった。
 リンドブルムの瞳が怪しく光り、凶器のような尾がしなって空を切る。ブンブンと重量感を感じさせる振動音がさざめく。一度後方へと振られ、その反動で前方に佇むレザンめがけて下ろされる。
 それを、翁は枯れ枝のような手に握った杖一本で受け止めた。もちろん、竜は目いっぱいの圧力をかけているが、老爺は身じろぎもしない。その証拠に、尾の付け根の肉が隆起して、小刻みに動いている。
 安穏とした空気を醸し出したまま、まるで雲を留めるがごとく音も立てずにそんな芸当をやってのける。
「さすがは法王、一味違う」
 サヴァキスはその手ごたえに満足して、にやり、と笑みを浮かべながら次の一手を練る。契約を交わした魔獣には、意識下で使役が効いている。頭の中で、攻撃方法を命じた。
 驚くべき反応速度で、リンドブルムは翼を広げて飛翔する。螺旋を描きながら急上昇した後、一定の高さで滞空する。そこから、顎(あぎと)を大きく広げて、球状の火炎を数えきれぬ程吐き出した。
 落下してくる炎球が大気を吸って膨張しながら、轟々と戦場を震わせる。
 レザンはそこから目をそらさずに一点を凝視しながら、手にした杖で頭上に円を曳いた。光の輪は細い躯体を囲む程の大きさに広がって、足元まで沈みながら蒼い幕を掛ける。それが翁の足底と平面を同じにしたその時、円周上から光が伸びて星へと帰結する。
『ネスカイト』
 静かなる呪の詠唱と共に、星は手を広げるように大きくなり、やがて一面を飲み込んだ。
 落ち行く火塊がそこに到達するや、触発されて順に爆発してゆく。
 聴覚を麻痺させるかのような爆音と、破裂する緋色の群れ。それらが世界を白く濁らせる。
 目測した法王のいる場所よりも、幾分か高い所で燃え広がる熱波に、止めのひと押しを命じる。
 熱の引かぬ喉を大きく広げ、竜は火炎放射を吐き出した。熱の高波を割りながら、一直線に伸びてゆく。
 異形の背に騎乗し、眼を細めながらその様子を見ていたサヴァキスは、上昇の衝撃を受けた体を叱咤して、朦朧とした意識を引きとどめる。
 また、激しく咳き込む。喘ぐように呼吸を整えながら、喀血を拭う。
―――そろそろか。
 決着を見届けんと下降を始めたその刹那。
 サヴァキスは眼を見開いた。
 白煙の底から光が伸びてくる。それはリンドブルムの放った最後の一撃に照準を合わせて向かってくる。
 男の濁った瞳にも、それは凄まじい熱量を放っているのだという事が分かった。それも、火炎放射に拮抗するであろう程の。
 火炎の切っ先に白い衝撃がぶつかる。
 思わずそれに身構えたが、予測したような爆発も衝派も起きなかった。
 眼下には、信じられない光景が繰り広げられていた―――白い光が、火炎を喰らっていたのだ。
 文字通り、純然たる白が緋を包むように飲み込み、そのまま何事もなかったかのように霧散して消滅してしまった。
 荒い息をつきながら呆然とみつめた景色には、白い煙幕。
「何が起こったんだ・・・・」
 呟いた声は、魔獣の羽音にかき消されてゆく。だが、己が騎乗する一体だけにしては、いささかうるさい。
 靄を掃うようにして、下から徐々に浮かび上がってくるその姿に、思わず台詞を吐き捨てた。
「                  」


 クロスの背に騎乗して上空を目指した矢先、視線の彼方に爆炎が広がった。
「早く行かなくちゃ」
 もどかしい気持ちに、鬣を掴んだ手に力が入る。
『慌てるな主。法王の気はまだ消えていない』
「うん。・・・ねぇ、その主ってのやめない?」
『では何と』
「メリィでいいよ」
『承知した・・・メリィ』
 ためらう様に己の名を呼んだ白竜のぎこちなさに笑みがこぼれた。
 己のすぐ後ろを大きな翼が規則的に上下する。ドラゴンの羽音は大気を切り裂き、蒼天を駆る。
 くしくも、流れゆく鬣と少女の頭髪は同じ色。鋭い向かい風に煽られて、彼女の小さな額がむき出しになっている。風の音が耳に痛い。
 高速で空を駆け抜け、ようやく広がる靄の中にレザンの姿を映し出した。しっかりと根付いた古木を確認して胸をなで下ろしたところで、上空から迫ってくる緋色に眼を見張った。
「クロス!!」
『案ずるな』
 返したと同時に、白竜は大きく口を開く。そのまま、眩い光を吐き出した。
 煌めく粒子を撒き散らしながら、光の帯となって真一文字に流れてゆく。上空から降りてきた炎に直撃したかと思うと、それを飲み込んで色を消してゆく。
 一連の出来事を見届けて視線を戻すと、そこに驚いた表情で己を見つめる師を見つけた。そして、翁は相貌を崩して笑う。
 メリィはそれに満面の笑顔を返した。だが、それはほんの一瞬の出来事。
 余韻に浸る暇(いとま)もなく、クロスは白煙層の先を目指す。二枚扇で濁りを払いのけながら、ゆっくりと浮上する。
 徐々に晴れてゆく視界のなかにその男の姿を見つけて息を呑んだ。
「やはり俺の勘は正しかったか」
 視線がかち合った瞬間に口を開いた男の声に、聞き覚えがあるような気がするが誰なのか分らない。
 威圧的な気を放つ竜に危機感を覚えながらも、その表をまじまじと覗き込んでしまう。
 不躾にもしばらく凝視し、やっと名前に行き当たった。
「!・・・オンドワール二位」
 メリィの反応を楽しむように、愉快気な表情で笑う男の肩が大きく上下している。
 半分閉じかけた瞼の中の眼が、虚空を泳ぐ。意識が揺らいでいるのか。
「切り札はお前だったか、ラトバルク。・・・ゲームは俺の負けだ」
「あの・・・」
「往生際悪く足掻いたりはせん。見苦しい真似は性分に合わんのでな」
 抵抗せぬと言いながらそれは方便で、こちらの隙をついて攻撃してくることも考えられたが、メリィには何となく、男が嘘をついているようには思えなかった。
 こめかみに浮いた青筋。額に噴きだした汗。気力を総動員させて意識を保つ姿に、彼の矜持を感じ取った。
「ここまでたどり着いたお前に、ひとつ忠告しておいてやる。大きすぎる力は、欲と策略を呼ぶぞ。お前の得たものはそういう類のものだ。
 せいぜい足掻いて生きるがいい・・・この呪縛に満ちた世界・・・で」
 かすむような最後の一音を残し、のけ反るように首が折れる。そして、リンドブルムの背に沈み込んで行く。それは、サヴァキス=オンドワールの絶命の瞬間であった。
 男の身体が最後まで落ち切らぬ内に、遺骸に紅き蛍火が降り注ぐ。その光景は、法王居室で目にしたものと酷似していた。血色が骸を侵食するように、サヴァキスという器(入れ物)はそれに取り込まれて形を消した。あまりにも、呆気ない最後だった。
 契約主を失ったリンドブルムの足もとに光が射す。それは紅の閃光を放って、陣を描き出す。
 今にも開かれんとする門の上の竜の瞳が、怪しく光る。一瞬ふてぶてしく笑ったように見えたその異質は、凶悪な口腔を晒した。
 本能的に危険を察知したメリィの身体が硬直する。
『去ね(いね)!お前ごとき下竜(げりゅう)が我を喰らえると思うたか!』
 怒れる白竜の声は少女にもはっきりと届いた。そして、その大きな翼で旋風を一煽。強風が、吸い込まれてゆくリンドブルムの横面を張って行った。
 何事もなく、次元の狭間へと消えて行った魔獣の姿を見送って、体の力を抜いた。
「良かった・・・」
 安堵の吐息をもらしながら呟く。
 張り詰めていた緊張が解けたからか、先を見据えた視界がかすむ。熱を帯びる体は重い。薬の効果が切れたのか。
 だが、最後まで保ったからもういいか、と斜がかかる意識の片隅で考えていると、クロスの声が遠くで鳴っている。
『メリィ、安堵するのはまだ早い。もう一体来るぞ』
 その言葉の意味を理解するのに、長い時間を要した。
 新たな敵の出現に構えるように、ゆっくりと下降するクロスの背に揺られながら、少女の記憶は断続的な明滅を繰り返す。
 湿気を帯びた生ぬるい風が顔を撫でたのを感じ、緩慢な視線を流して初めてそこに何があるのかを視覚した。
 肉のない水だけの身体の竜が、二者を目掛けて突っ込んでくる。
『メリィ、気を確かに持て!』
 先ほどの言葉をようやく理解した時はすでに遅かった。
 敵を見据えたクロスが応戦せんと頤を開くも、凄まじい速さで向ってくるそれに、白い躯体が貫かれて行く。
 その衝撃にメリィは弾かれ、力なく締めた内腿は簡単にはがれる。穴を穿たれた竜の体は霧散して消え、水竜も激突の瞬間にその身体を飛沫へと変えた。
 太陽の光を反射させながら、細かい粒子となって落下してゆく竜の欠片は、戦いの痕跡を洗い流してゆく。
 その中を急速に落ちてゆく少女の体は、ついに指一本すらぴくりとも動かなかった。




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〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

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