FC2ブログ
categoryスポンサー広告

スポンサーサイト

trackback--  comment--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
category翼の刻印編 終章

扉の先に(後編)

trackback--  comment--
「これは誠なのですか」
 今朝がた出した書類が届いたのだろう。疑いを抱いて真偽を確かめにやってきた男が法王居室にいた。
「誠、とは?わしが嘘を言っているとでも言いたいのかの」
 レザンが無表情で見つめた視線の先には、メンデス=ハザウェイが立っている。
「しかし・・・、あの小娘が死んだなどと」
 己が預かって何が悪い、と恫喝したくせに、それを死なせたなどとは考えられなかった。
「ぬしらが放ったルヤンカス、あれに襲われての」
 目を細めて己を直視する法王の眼差しに、手のひらから汗が噴き出す。
 確かに、法王の許可なく禁呪を組んだのはまずかったかも知れないが、どうしてそれが、呪を封印されたただの小娘を襲うというのだ。
 何か弁解をしなければと思うが、言葉が上手くまとまらない。
「メリィは健気だでな、封印を解いてまで助けに来てくれての。おかげでわしはこうして生きていられる。じゃが、もう、以前のあの子は蘇らぬ」
「そんな馬鹿な!封印を解くなどとはありえな・・・」
 いつになく不機嫌な表情を隠そうとしない法王の視線に、口をついて出た反論は封じられた。その瞳が物語っている。
―――わしの言葉が嘘だとぬかすか!
「次にこのような事が起こった場合、わしはそなたにも容赦はせぬ。此度の処分は追って申し渡す」
「・・・承知いたしました。では、戸籍を削除しておきます」
 メンデスは奥歯を噛みしめ、べたつく手のひらを握りしめた。そして、一礼して身を翻す。
 法王居室の扉を足早に潜って、後ろ手にそれを引く。眉間に青筋が浮くほどに歯ぎしりをして、イライラと廊下を踏みつけた。


 あからさまに顔色の陰った男を見送って、レザンは深いため息を吐き出した。
 廉潔なだけでは政治は廻らない。分かりやすい暗さも必要だと、メンデスのやり口をあえて放置している面もあるが、手綱を緩めてやればすぐ勝手に動き回るのが少々難だ。
 我ながらやりすぎた感があるのは否めないが、致しかたあるまい。そうそう禁呪が組まれることなどあってはならないのだから。たまにはきつい灸をすえておかなければ。
 境界線を越えた男の気配を確認して、レザンは二階へと足を運んだ。
 寝台の上には、半身を起したメリィがいた。その肩に、白い鳥。
 翁の姿を確認して、少女の顔がふわり、とほころぶ。
「本当に良かったのかの?」
 レザンは問いかけながら、寝台のそばの椅子に腰を下ろした。
 彼女はそれに、力強く頷く。
「ずっと、考えていたんです。私はこれからどう生きたいのかって」
 少女が意識を取り戻したのは、今からちょうど三日前の事。サヴァキスとの戦いからは、二週間の日数を数えていた。
 ここ数カ月のうちの度重なる昏睡のせいで、生命を維持するための肉はそげ落ち、今度こそ帰還するかどうかは紙一重だったのだ。それはまさに、幸運という他なかった。
 娘らしいふっくらとした頬はこけ、棒きれのように細くなったその姿は、とても少女には見えない。目ばかりが大きな少年のような面立ちで、思いつめたように告げられたのは昨夜のこと。死んだ事にしてもらえないか、と。
「オンドワール二位の最期の言葉が、ずっと胸の中にありました」
―――大きすぎる力は、欲と策略を呼ぶぞ。
「私よりも長く人生を歩んで来た人の言葉なのだから、きっとそれは正しいんだと思うんです。私は、もう呪は使えない。無知で非力だから、身を守る術もありません。確かに、クロスに頼ることもできるけど、それじゃ今までと何一つ変わらない」
 自分以外の者に助けを求める事は、その者に犠牲を強いるという事だ。それを理解した今、何もせずにいる事は出来なかった。そんな己に、どんな道があるのだろう。
「せめて自分の身は自分で護れるように、クロスの事を無暗にあてにしないで済むように、私は強くなりたいんです。だから、この国を出て、自分の足で歩きたい」
 病み上がりで儚げだが、その瞳には力強い意志が燃えていた。
 老爺はそれを穏やかに見守りながら、笑みを刷く。巣立ちの時がきているのだ、と感じた。
「ほんに、お前さんには驚かされる事ばかりじゃ。強うなったの」
 事の顛末をフロウの口から聞いた時、その内容に衝撃を隠せなかった。
 己が見守ってきた者たちの間に絡む因縁をうっすらと肌で感じながら、それでもそこに干渉することをあえて避けてきた。何故なら、自分たちの手で解決させないと、そこに不要なしこりが残るのではと危惧していたからだ。
 だが、その判断がこの結果を招いたのだとしたら、己の浅はかさを悔やむほかない。
 けれど、少女は運命を切り拓いて道をつくった。
 純白の竜を駆り、不利な戦局を打ち砕くその姿に、立場を忘れてただただ見とれた。実際、彼女がいなければリンドブルムの最期の一撃はかわせなかっただろう。
 上空から落ちてくる少女を受け止めたとき思った。これは奇跡だ、と。
 身を貫く程の痛みと向き合い、のたうちまわりながら己の運命と戦い続けたメリィへの、神からの褒美に違いない。レザンは心の中でそう思いながら、少女の頭に手を載せた。
「祝福しよう、お前さんの旅立ちを」





 メリィは体調が良くなってきたのを機に、バルデアス邸にある自分の部屋へと戻って来ていた。
 まだ若干体調が不十分な気もするが、どうにか自分だけで動けるようになった。
 翼骨の内側の気道が細すぎて、そのままにしておけば体調を悪化させるからと、クロスは最近、実体を伴った鳥の姿でメリィの側にいる事が多くなった。
 今も、日のあたる窓際にとまって、まどろむ様に瞼を閉じている。
 己の使い魔なのだと言われても、いまいちぴんと来ない。頼もしい相棒だとは思うが、自分が主なのだとは到底思えなかった。
 夜着を脱いで、鏡台の椅子に腰かける。
 下着姿のままで背中を鏡に映すと、そこには酷い火傷の痕が広がっている。
 レザンの呪のお陰で通常よりも早く落ち着いた傷痕は、羽を広げた翼のように焼き付いていた。
 それは、自分の呪力で飛ぶ事と引き換えに手に入れた翼だった。たとえ、それが羽ばたくことはなくとも。
 悲しくなどない。むしろ、この傷痕は自分にとっての勲章だ。
 兄に助けられて生きながらえたこの命。母が育んでくれたからある魂。だが、最早己にはそれに返す術はない。
 ならば、せめて誰かの為に何かができたのなら、二人も喜んでくれるのではないかと思う。たとえそれが、感傷に過ぎないのだとしても。
 鏡の中に映った自分の顔を両手でぴしゃりとたたいて、頷いた。
 寝台の上に出した服一揃えを順に着て、スカートの腰紐を締めた時だった。
 部屋の扉を叩く音が聞こえる。
 それに返事を返すと、扉を開いて現れたのはフロウだった。
 メリィの側までやってきて、その手に持った楕円形の箱を無言で差し出した。
 渡されるままにそれを受取って、少しだけためらって蓋を取る。
 中には、追憶の彼方で垣間見た母のペンダントと、昔自分が手放したはずの父の指輪が収められていた。
「師匠・・・これ」
「指輪は、私が買い戻しておいた。旅立つ時に持って行くといい」
 そう言って、寂しげに笑うロードライト。
 彼女はもう、己に対して、以前のようにきつい物言いをする事はなかった。
 それが何故なのか、今ならばわかる。
 真実を知ったその時、自分に恨みをぶつけやすいように、ただそれだけのために、敢えて悪役を演じ続けた。女のその深い想いが、メリィの心を締め付けた。
 去って行く後ろ姿に、涙でかすむ瞳をこらえながら頭を下げる。
「ありがとうございます」
 部屋を出て行ったフロウの残り香に、彼女のかつての言葉が重なった。
―――瞳に映るものだけが、この世の全てではない。
 こらえたはずの涙は、やはり溢れて止まらなかった。


 寝台に寝そべって母の形見のペンダントをためつすがめつしていると、ふとした疑問がメリィの頭に浮かんだ。
「ねぇクロス、あの時母さまは居なかったのに、どうして母さまの記憶を視ることができたの?」
 法王居室で視た、過去の記憶。あの場に居合わせた年長者達の記憶を繋ぎ合せたのだとしても、何故母の記憶までもが混じっていたのか。
 主の問いかけに窓際から飛んできて、側近くで羽をたたむ。
『メリィが持っているその二つの物の記憶だ。あの時、かの者はそれを持っていたから。・・・己に何かあったら、メリィに渡すつもりだったのやも知れぬな』
「そうなんだ・・・・」
 横たえた体を起して、また手にしたそれらをじっと覗き込む。
「母さま、一体どんな気持ちで私を産んだのかしら」
 別れた恋人が二度と戻らぬと知りながら、それでも自分たち兄妹を産んだ母。
『視てみるか?もう一度・・・』
 旅立つ前に、母の事にも決着をつけておきたかった。それが叶うなら、どんなにつらい現実でも、受け止めたい。
 クロスの言葉に、メリィは硬い表情で首を下ろした。


 父なる大地に守られて 
 母なる大気に抱かれて
 澄んだまなこをお閉じなさい
 夢の世界に落ちたなら 
 かわいいおまえ安らかに
 いとしいおまえ幸せに
 光の元へ着けるよう
 おまえのそばで見守っているよ
 安らかにおやすみよ
 幸せにお眠りよ
 健やかなる朝の光に
 溢れんばかりのくちづけを

 父なる闇夜に守られて 
 母なる月光(つきひ)に抱かれて
 澄んだまなこをお閉じなさい
 夢の住人に会ったなら 
 かわいいおまえ安らかに
 いとしいおまえ幸せに
 小さな手を引いてくれるよう
 おまえのそばで祈っているよ
 安らかにおやすみよ
 幸せにお眠りよ
 清清しき朝の光に
 零れんばかりのくちづけを

 やわらかな布団に包まれた、小さな命が二つ。
 女はそれを幸せそうに眺めながら、柔らかな声で子守唄を唄っていた。
 先ほどまで盛大な二重奏を奏でていた赤子達だが、生れ故郷の子守唄を聞かせてやると、いつもぴたりと泣きやむから不思議だ。
 連綿と受け継がれてきたその血の中に、ウェナの民の記憶が刻まれているのかもしれない。そう思って、女は笑った。
 安らかに眠る愛しい我が子達を見つめながら、彼女は呟く。
「あなたは父さま似ね、クロサイト。あなたも、あの人のように清く、誰からも祝福されるような人生を送ってね。私のようにはならないで・・・」
 ふふふ、と笑って、視線をもう一人の方に向ける。
「あなたは私に似てるわね、メリィ。どうして、私みたいな女に似ちゃったのかしら・・・。あなた、絶対苦労するわ。メリィってね、ウェナの言葉で幸福って意味なのよ。あなたは、必ず幸せになりなさい、メリィ」
 二人の頬に軽く口づけて、そのまま子供たちの寝台に頭を載せる。
 そして、記憶は急速に夢の中へと埋没していった。


 この瞬間に途切れた記憶の中に、確かに存在していた母の愛。
 少女は口元を手で覆って、小さな子供のように丸まって泣いた。
 母の愛を見失って、苦しみ続けた日々。何故こんな自分を産んだのだと、返らぬ問いかけを繰り返した過去。
 ただ、愛されていた。だからこそ、母は己を産んだのだと解った。
 メリィにとって、これ以上の答えなどありはしなかった。





 
 三か月後、季節は秋を迎えようとしていた。その間に、少女は一つ年をとって18になった。
 メリィの旅立ちの日の朝。
 死んだ事になっているからと、レザン自ら迎えにやってきて、共に飛び立ってたどり着いたのは法王居室だった。
 そこに待ち受けていたのは、フロウ、カシアス、シェルビーの三人だった。
 フロウは手にした白い布を差し出す。
「私のローブを仕立て直したものだ。精霊銀が織り込んであるから、軽くて丈夫だ。きっと旅に役立つ」
 驚きながら受取って広げてみると、それは外套だった。
 砂漠を旅した思い出のある外套も名残惜しいが、師の気遣いをありがたく思いながら、それを羽織りなおす。古びた外套をそっと引くフロウに、黙ってそれを手渡す。
 そして彼女に背を押され、カシアスの前に立つ。
「体に気をつけるんだよ。何もしてあげることができなかったけれど、困った事があったらいつでも相談しなさい」
 こんなに優しい人が父なのだと思うと、それだけでうれしかった。
 兄そっくりの父の顔を見つめながら微笑んで、口を開いた。
「はい・・・父さま」
 メリィの言葉に、カシアスは驚いたように目を見開いて、そして相貌を崩して笑った。
 少女の細い体を、長く力強い腕が包み込む。名残を惜しむようにしてしばらくされるままに抱き合ったあと、父はそっと腕を解いた。
 うっすらと涙ぐむ泣き虫な父に微笑んで、次の一歩を踏み出す。
 シェルビーはいつものように優雅な笑みをこぼしながら、相変わらずのオネエ言葉を紡ぐ。
「いつだって帰ってきたら良いのよ?ここはあなたのふるさとなんだから・・・ね?」
「はい」
 優しく見下ろしてくる彼の端麗な顔を見上げながら、少女は言葉少なに頷いた。
 これ以上言葉を口にすると、泣いてしまいそうな気がした。
「さぁ、メリィこっちじゃよ」
 そう言って、レザンはメリィを二階へと導く。
 それに従うと、懐かしい光景が瞳に飛び込んできて、思わず笑みを浮かべた。
 白い壁があるはずの場所に、大きく切り取られた入口。以前のように、そこに扉は嵌っていなかった。
 視界に広がる、黄や赤に色付く木の葉。大地を覆う草花は冬支度を始めている。
 以前とは少し違っているけれど、それでも、そこは紛れもなく少女の愛した村だった。
 めぐる季節に装いを変えた大地に、足を踏み入れる。
 そこに立っていたのは、大好きな親友。相変わらずのきれいな赤毛が、その風景に色を添える。その隣には、優しい老婆が立っていた。
「メリィ!!」
「チェレッタ!!」
 親友の傍に駆け寄って、固く抱き合う。
 いろいろな事が胸に去来したが、何から言えば良いのか、何を話せば良いのか分らなかった。チェレッタも同じなのだろう。ただ互いに泣きながらうんうんと頷くばかり。言葉にできない。それでも、伝わるものもあるのだと感じる。
 しばらくそうしたあと、腕を解いて涙をぬぐう。
「会いに来れなくてごめんね」
「いいよ、レザン爺ちゃんが教えてくれたから。メリィ、元気になったよって」
「うん」
 彼女に返事をしたあと、隣に立って二人を見守るニノに向き直る。
「ニノさん・・・・」
 老婆はレザンに似た穏やかな笑みを浮かべながら、手にした細長い包みを差し出した。
「これは村の皆から。メリィへの感謝の気持ちだよ」
 少女がここを去ってからしばらくして、ようやく村人たちは自分たちの行いを悔いた。
 その陰には、チェレッタの母マリーチェの多大な尽力があった。村の皆で相談し、メリィの治療費を出そうという事になった。幸いにも、村にはレザンの寄付がずいぶんと手つかずの状態で残っていたから。
 それをニノからレザンに伝えてもらうと、翁はその金を別の事に使いたいと言ってきた。村人たちは二つ返事でそれを了解し、そして用意されたのが、この贈り物だった。
 メリィは受け取ったその包みを開いて、中身を確かめる。
 そこに包まれていたものは、ひと振りの剣だった。大きさの割には、随分と軽い。
 驚く少女に、ニノが開けてごらんと言うので、メリィは訳も分からず鞘を引き抜いた。
 美しい刀身に刻まれていたのは、二枚の翼。
「これは・・・・」
 思わず呟いた彼女の後ろから、レザンの声が聞こえる。
「精霊銀の剣じゃよ。どうせなら、何か残るものが良いと思うての。これなら邪魔にならぬしの」
 いつもの調子で、孫弟子の頭に手を添えて、いたずらが成功した子供のように笑う。
「呪は込められておらぬがの、お前さんはもう立派な巡導師だでな」
 師の言葉に、せっかく拭った眼もとから再び涙が溢れ出た。
 拭えども拭えども止まらない涙に、見渡した面々の笑顔が歪む。
 いつの間にか、年長者三人の姿もそこにあった。
「名残は尽きぬがの、そろそろ行かねば、メリィ」
「はい!」
 少女は大きな声で返事をして、肩に乗ったクロスに合図をした。
 使い魔はその身体を大きく広げる。この三か月で十分に蓄えられた呪力、旅立ちに不足はない。
 豊かな大地の上に現れた白い竜。紅玉の瞳。真珠の鱗。銀の鬣。万難を越えてゆくはその純白の翼。
 それを初めて目にしたニノとチェレッタの口から、感嘆の声が上がる。
「まぁ」
「きれい!」
 人々の笑顔に手を振って、少女はその背に飛び乗った。
 風を受けて飛翔してゆくその空は、秋晴れの蒼天。
 光を受け、蒼の中を駆けるその神々しさを、人々は家の中の窓から見上げる。だれもが、その美しさに言葉を失った。
 数十年後、この村がクロセカンドラ――聖竜の炎――と名を変えるのは、また別の話。

 

 扉の先にたとえ何が待ち受けていようとも、恐れずに開けてみればいい
 そこに何があるのかは、開けてみるまではわからないのだから




 ――完――





 前へ

〔テーマ:自作小説(ファンタジー)ジャンル:小説・文学

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。